新球場・シティフィールドが華やかにオープンして迎えた昨季は、メッツのフランチャイズ史上でも最も重要なシーズンと言われた。
 ヨハン・サンタナ、デビッド・ライト、ホゼ・レイエス、フランシスコ・ロドリゲス(K−ロッド)ら攻守に役者が揃い、戦力も充実。『スポーツイラストレイテッド』誌の開幕前予想でも世界一候補の筆頭に推された通り、実り多き1年となる可能性は高いと目された。
 だが……フタを開けてみれば、夏場には早くもプレーオフ戦線から脱落し、最終的には70勝92敗と惨敗。主力から故障者が続出したとはいえ、あまりにも不甲斐ない戦いぶりに終始した。一般的にライバルと目されるヤンキース、フィリーズがワールドシリーズに進出したことまで考慮すれば、2009年はメッツにとって球団創設以来最低の1年だったと言ってよかったかもしれない。
(写真:若大将デビッド・ライトとメッツは2010年に逆襲できるのか)
 そんな無惨なシーズンの後を受けて迎える今季、チームの周囲には1年前のような楽観ムードはもちろん漂っていない。新たな打線の核としてジェイソン・ベイ、K−ロッドに繋ぐセットアッパー候補として五十嵐亮太らを獲得はしたが、それらもチームのカルチャーを変えるほど重要な補強策とは言い難い。

 現在のメッツへの一般的な評価は、「リーグを代表する強豪として確立したフィリーズにもはや及ぶべくもない」というもの。それどころか好投手揃いのブレーブス、イキの良い若手選手が揃ったマーリンズの後塵も拝し、「今季もナ・リーグ東地区の4位に沈んでも不思議はない」と指摘する識者は多い。
「ワールドシリーズを勝ち上がっていけるチームなのでメッツを選んだ」
 入団決定時の電話会見の際に五十嵐はそう語ったというが、同じように考えているものはチーム関係者以外にはほとんど存在しないと言ってよいだろう。
(写真:打つだけの選手であるベイに6600万ドルを費やしたことに疑問の声もある)

 ただそれでも、今季の彼らにまったく勝機がないとは筆者は思わない。
 そもそも昨季はすべてが信じられないほど悪い方向に行ってしまい、その記憶が鮮明であるがゆえに、チームの主力選手たちの力がやや過小評価されている感がある。実際には1年前にも優勝候補に挙げられた際のメンバーが今季もほぼそのまま残っていて、屈辱の後だけにモチベーションは高いはずだ。

 未だリーグ最高の投手の1人であるサンタナ、2年前にセーブ数のメジャー記録を樹立したK−ロッド、過去3年連続盗塁王のレイエス、メジャー昇格2年目から5年連続で打率3割をマークしているライト、走攻守をすべて備えたジェフ・フランコアーらを先頭に、魅力的なタレントは依然として豊富。
 ここにきて膝に手術を施したカルロス・ベルトランが3カ月離脱となったのは不吉だが、それも今季絶望といった類いの故障ではなく、開幕前後には復帰できるかもしれない。昨季と一転して今季はさまざまなことが良い方向に転び、春先から勢い良く突っ走る可能性はゼロではないだろう。

 しかし1つだけ気にかかるのは、相変わらずメッツのチーム内に確固たるリーダーシップが確立されていない点だ。
 筆者は特にオマー・ミナヤGMが就任した2003年以来、かなり身近でこのチームを見つめてきたつもりだが、ある程度うまくいっている時期には常に優れたリーダー(クリフ・フロイド、ポール・ロデューカ、フリオ・フランコ、ペドロ・マルチネスなど)が存在した。しかし昨季はロールプレーヤーのアレックス・コーラ以外にまとめ役は皆無。おそらくはそれゆえに悪い流れを押し止めることができなかった。残念ながら昨今のメッツが、「個人主義のタレント集団」という嬉しくない定評を得ているのは紛れもない事実である。
(写真:昨季途中からシティフィールドには閑古鳥が鳴くようになった)

 そして今季の注目点も、リーダーシップとケミストリーの行方に尽きるのではないかと筆者は睨んでいる。
 リーダー志望を公言しながらも、若さとお人好しの性格ゆえに、そうなり切れていなかったライトは、ここにきて激しさを表に出すことで一皮剥けられるかどうか。ライトはチーム内で人種間の断絶に苦しんでいた感もあっただけに、フランコーア、ベイら白人の主力が増えていることは追い風になるかもしれない。

 もしくは爆発的な才能と気まぐれな性格を併せ持つ風雲児レイエスが、26歳にして成熟した姿を見せられるか。チーム内で尊敬を集めるエースのサンタナが、移籍3年目にしてヴォーカルリーダーとしても存在感を発揮できるか。
 あるいは移籍マーケットに残っている選手の中で、性格の良さで知られるオーランド・ハドソン、ジョニー・デーモンらをこれから先にでも補強するか。
 そうでなければ、選手間のリーダーシップ不足を覆い隠すくらいに個性の強い指揮官を起用するのも1つの手ではある。そこまで考えると、ボビー・バレンタインの横顔も頭にちらついてくる。
(写真:輝きが薄れ始めたレイエスにとっても今季は勝負の年だ)

 繰り返すが、いかに高レベルの地区内に属しているとはいえ、今季のメッツはその中でも低迷が確実視されるようなチームでは決してない。
 ほんの僅かにボタンの掛け方を変えるだけで、周囲が驚くような力を誇示できるだけのポテンシャルは保持している。タレントを活かすも殺すも、引っ張り方次第。強烈な統率力さえ確立できれば(もちろんそれが最も難しいのだが)、気まぐれな原石たちは再び輝き始めるはずなのである。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト スポーツ見聞録 in NY
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