2010年のプロ野球、最大の注目は埼玉西武に入団した球界最年長投手・工藤公康と超高校級左腕・菊池雄星の“競演”である。

「20年にひとりの逸材」といわれる菊池を私が初めて見たのは、昨年のセンバツだ。初戦の鵡川(北海道)戦でいきなり152キロをマークした。速さだけなく、フォームに柔らかさが感じられた。
 高校生離れしているのはピッチングだけではない。テレビで彼の特集を見たが、寮の部屋がきちんと整理整頓されていたのには驚いた。
「部屋の乱れは心の乱れ。心の乱れはコントロールの乱れ」
 大人でもこんなセリフは出てこない。言動は地に足がついており、精神年齢の高さを物語っている。
「期待していただいているので、なるべく早く1軍に上がりたいが、まだ技術的にも人間的にも未熟。体づくりと心づくりを一から始めたい」
 1年目の目標を問われた時も、殊勝な受け答えをしていた。

 では、果たして菊池はルーキーイヤーから活躍できるのか。私は勝っても2ケタに届かないとみている。
 11年前に“甲子園の怪物”と騒がれ、西武に入団した松坂大輔(現レッドソックス)は1年目からローテーションの柱として活躍し、16勝5敗、防御率2.60の成績で最多勝と新人王に輝いた。
 この時の松坂の完成度が10とするなら、今の菊池は6か7くらいだろう。本人も認めているように技術面は未熟だ。カーブの曲がりは悪く、スライダーの制球にもバラツキがある。
 しかし、基礎がしっかり固まれば日本を代表する左腕になることは間違いない。彼にとって僥倖なのは、同じ左腕である工藤と一緒にプレーできることだ。
 今の現役選手でトレーニングや投球理論において、工藤の右に出る者はいない。育成選手出身で初の年俸1億円に到達した山口鉄也(巨人)など、そのアドバイスで素質が花開いた投手は少なくない。
 菊池の投球をテレビで見た工藤は「高校野球は、ある一時期だけ投げればいい。だけど、プロは1年間、ずっと投げなくちゃいけない。ただ“質がいい”というだけでやっているんだったら危ないですね」と心配していた。

 かつて、球界史上最高の左腕と称される江夏豊は広島時代、若き左腕・大野豊の“教育係”を務めていた。大野は軟式上がりでドラフト外入団。プロ1年目は箸にも棒にかからなかった。
 江夏は投球時の軸のつくり方や、グラブを持つ右手の使い方など、基本を一から大野に叩きこんだ。その結果、大野は通算148勝138セーブをマークする大投手に成長を遂げたのだ。
 菊池も工藤の教えを受けてトレーニングを積めば、黙っていても15は勝てる投手になるはずだ。4年後のWBCでは日本代表の主力になっているかもしれない。
 人との出会いは大切だ。熟達の投球術を持つ工藤との出会いは、もうそれだけで菊池が強運の持ち主であることを物語っている。

<この原稿は2010年1月号『商工ジャーナル』に掲載されたものです>

◎バックナンバーはこちらから