タイ北部のトレイルを走ってきた。素敵なトレイルが沢山あるタイの山間部、チェンライを中心に行われた「チェンライ国際MTBチャレンジ」に参加してMTBを堪能。日本からも80人が参加し、大いに盛り上がった。
(写真:今年も大勢の日本人が参加した)
 近年、世界的に自転車が盛り上がっている。ヨーロッパやオセアニアでは当たり前の現象だったが、20年前までサイクルスポーツでは遅れをとっていたイギリスやアメリカも急速な伸び。もちろん日本国内でもこのところのスポーツサイクルの販売伸び率は目を見張るものがある。ところが、シリアスなレースの参加者は増えていないどころかむしろ減少傾向。特にMTBの国内最高峰ツアーである「ジャパンシリーズ」((財)日本自転車競技連盟公認)は苦戦している。「自転車が盛り上がっているのに、レースが盛り上がらないって?」という感じだが、どうやらそこにはいくつかの理由があるようだ。

 まず、コンペティティブな競技は勝負を重視するあまり、一般人が楽しむにはシビア過ぎるという点がある。平日は普通に働いて、休日だけ自転車に乗るものにとって、あまりにコンペティティブで、余裕がない競技では満喫できない。エントリーしても、1周4km程のコースを何十周も周り、周回遅れで「はい失格です!」となっては面白さを感じられないのだ。

 やはり一般の参加者は景色やコースを味わいながらも頑張るという感覚、適度にコンペティティブで、適度に楽しめる大会を求める。これは世界的な潮流でもあるようで、自転車業界の中では「パフォーマンスライダー」として、新たなマーケティング対象になっている。この人たちは既存のシリアスなレースではなく、長い距離や時間をマイペースで楽しむイベントに好んで参加する傾向にある。
(写真:「チェンライMTBチャレンジ」ではMTBのイベントには珍しく、女性参加者が2割を超えた)

 また、日本国内においてはMTBを本当に楽しめる環境が少ないというのも原因だろう。私もMTBに乗るのは好きだが、都内では楽しめるところがなく、結局イベントの時にしか乗っていない。一時期、街乗りとしてMTBが流行ったこともあったが、しょせん街中ならロードレーサーのほうが速く快適に走れるもの。MTBの良さは、当たり前のことながらオフロードに入って始めて実感できる。そんな理由であっという間にMTBは使われなくなってしまった。

 一方、近郊の里山ではハイカーをおびやかしたり、道を荒らすということで、通行禁止になったトレイルも少なくなく、街に住んでいる人にとってMTBを楽しめる機会は極端に減ってしまった。楽しむ場がないスポーツをやれというのは無理がある。現状、国内MTB業界は厳しい時を過ごしているのである。

 ところが、この「チェンライMTBチャレンジ」には、ほとんどPRもしていないのに毎年100名近い日本人が集まる。その魅力はなんだろう?
(写真:日本人、タイ人を中心に7カ国の選手が参加した)

 まずはこのロケーション。2日間、80kmに渡って行われるレースは同じところを走ることがない。つまり、完全にワンウェイで、常に新しい景色を見ながら走ることができる。それも、通常では見られないタイの山間部だったり、現地の集落を抜けていったりする。まるで小さな旅をしているような感覚。自転車はスポーツである前に移動手段だと常々思うけど、それを実感できるような喜びがここにある。まさにここならでは、ここでしかできない大会を成立させていると言えよう。
(写真:タイ北部の山間部農村地帯を走りまわる)

 もう一つの魅力はこの雰囲気。このレースは日本を代表するような選手から、8歳の子供、65歳のベテランまで様々な年齢、様々なレベルの参加者が混在している。それぞれが自分の実力に合わせたコースやカテゴリーにエントリーし、それぞれの目標に向かって頑張る。またレース区間のつなぎでは、皆で移動を兼ねて走ったり、食事をしたり……。まさに一団でレースし、生活をするという雰囲気なのだ。
(写真:レースの合間のお昼休みには木陰で仲間との語らい)

 スタートしたら頑張るけど、それ以外はどこか余裕のあるゆったりした感覚。これも国内で成立させるのはなかなか難しいし、人数が多くなりすぎては不可能という側面もある。しかし、この大会ではそのバランスが程良いということなのだろう。
 要するに「チェンライMTBチャレンジ」は十分に走りごたえのあるコースやレースなのだが、なんだかツアーのような楽しさなのだ。リピーターの数が多いのも当然だろう。
(写真:象に乗って川を渡るという遊び心もこの大会の特徴)

 確実に変わりつつあるサイクルスポーツの愛好者層。次のステージへのカギはチェンライで、その片鱗を見ることができたような気がする。そして、この傾向はランニングなど他のスポーツにも、どこか共通するものではないだろうか。だとすると、これからはどんなスポーツイベントが必要とされているのか? 関係者は真剣に向き合っていく必要があるだろう。
(写真:チェンライの街中を駆け抜けて郊外へ)

 帰国してタイの匂いのするBagを開ければ、あのトレイルが蘇る……。
 こんな素敵な体験が出来ればきっと、皆がMTBを好きになる〜はず!
(写真:子供だって楽しめる!)


写真提供:Moto.Yamanaka(Ortev)
>>チェンライ国際MTBチャレンジ ホームページ


白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦している。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。
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