ショート、フリー合わせて3度もトリプルアクセルを決めながら浅田真央は金メダルに届かなかった。
 野球のピッチャーにたとえればトリプルアクセルという名の剛速球一本槍。それはそれは150キロを超える素晴らしいストレートなのだが、ややそれに頼りすぎてはいなかったか。もっと変化球を磨かなければ、せっかくのストレートも生きてこない。
 一方、ライバル対決を制した韓国のキム・ヨナはストレートこそ145キロ程度だがルッツ、フリップ、ループ、サルコー、トーループと多彩な変化球を投げ分け、また、そのどれもが一級品。配球もよく、完成品の趣すらあった。

 トリプルアクセルの基礎点は8.20。3回転半も跳ぶんだから、もっと点数をあげろという声が勢いを増している。個人的な意見を述べれば9点くらいでもよさそうな気がする。だが、その一方で「フィギュアはジャンプだけではない」との声もあり、この問題は一筋縄ではいかない。

 フィギュアスケートにおけるジャンプの位置付けは古くて新しいテーマである。フランス代表のスルヤ・ボナリーといえば女子では初めて4回転を跳んだ黒人選手だが、五輪はもとより世界選手権でも頂点に立つことができなかった。
 彼女は自らのジャンプへの評価が低いことにしばしば苛立ち、「いったい何回転すれば私は望みの地位を手に入れられるのか」と審判を痛烈に皮肉った。
 そのボナリーが最も尊敬していたフィギュアスケーターが女子で初めてトリプルアクセルを成功させた伊藤みどり。「誰もできないジャンプを決めた伊藤みどりさんこそ最強のチャンピオンよ」と公言し、物議をかもした。
 彼女たちをアスリート派とするならアクトレス派の筆頭はサラエボ、カルガリーを連覇したカタリナ・ビット。「観客はゴムまりが跳ねているのを見に来ているわけではない」。これは暗に伊藤みどりを批判したものだったと言われる。

 果たしてフィギュアはスポーツなのか芸術なのか。きっと、そのどちらも正解なのだろう。厄介なことに、採点における曖昧さこそがこの競技の魅力だったりもする。電卓片手にテレビ観戦するような時代が来ないことを祈る。

<この原稿は10年3月3日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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