投手コーチとして、千葉ロッテ、ヤクルト、福岡ダイエー(現ソフトバンク)、巨人の4球団を渡り歩き、7度のリーグ優勝と4度の日本一に貢献。今季から横浜の指揮を執る尾花高夫に私が抱くイメージは「地味ながら仕事のできる男」である。
 データを細かく収集し、いろいろな角度から分析を試みる。オープン戦ではうまくいっていないようだが、その方向性は間違っていない。結果が出るまでには時間がかかるが、直に良化の兆しは表れるだろう。
 特筆すべき尾花のデータ分析力はどこからくるものなのか。私は2年間の勤め人経験が生きていると見ている。

 尾花は高校卒業後、新日鉄に入社した。1976年のことだ。71年に環境庁(現環境省)が発足、73年には公害健康被害補償法が成立していた。大規模公害は下火になっていたが、環境問題に向けられる世間の視線は徐々に厳しさを増していた。
 尾花の配属先は環境技術部門。30メートルもある煙突にのぼり、排出される煙の汚れ具合をチェックした。
 尾花の回想。「ひらたく言えば堺市の条例に基づいて煙突からの空気を採集し、ダストや水分量を調べるんです。煙突にノズルを入れる管があり、そこから採集した濾紙を電子顕微鏡に乗せて、付着した水分が何グラム、ダストが何グラムかを調べる。冬だと空は寒いのに、煙突は熱い。風が吹いたら(煙突が)揺れる。本当に大変な仕事でした」

 作業服に身を包んだ2年間で、尾花はデータ分析以上に準備の大切さを学んだ。それこそ生半可な気持ちでやれば、事故に巻き込まれかねない。煙突の上での仕事はそれほど危険なのだ。
「他にも転炉や高炉の調査ではガスが発生しますから地域住民に影響がないようにしなければならない。この仕事には緊張感が伴います。絶えず風向きに注意しておかないと、プロパンガスの何十倍、何百倍のガスを浴びてしまうことになる。これを吸ったら、もう終わりです。だから採集する時は常にトランシーバーで中の機械が止まったかどうかの安全確認だけは徹底するようにしていましたね」

 データ収集力、分析力、準備力。その全てが野球に通じる。普通の野球人にはできない経験が尾花野球の基盤になっているのではないか。そう見るのは穿ち過ぎだろうか……。

<この原稿は10年3月17日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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