ダルビッシュ有(北海道日本ハム)も岩隈久志(東北楽天)も勝てなかった今季のパ・リーグ開幕戦。その翌日の第2戦では、一転して彼らのような剛球とはまた一味違う投手戦が展開された。
 3月21日の福岡ソフトバンク−北海道日本ハム戦は、ソフトバンク大隣憲司、日本ハム武田勝の両先発で始まった。
 試合は日本ハムが1−0とリードして進むのだが、両投手とも容易に失点しない。
 大隣のストレートはせいぜい140キロである。ただこれがアウトコース、インコースにコントロールされていて、伸びを感じさせる球質。そのうえ、チェンジアップが両サイドの低目に決まる。

 例えば4回裏、1死から打席に入った話題の中田翔は、139キロのインコースのストレートを力ないセカンドフライにしかできなかった。
 一方の武田勝は、さらに球速が落ちる。ストレートは130キロそこそこである。そして、チェンジアップが低目いっぱいのコースからボールゾーンに落ちる。130キロのストレートでも、右打者のインコースにきっちり投げ込むと、これが凡打の山となる。なんと初回の川崎宗則のヒットのみで、あとは7回2死までパーフェクト・ピッチングだったのだ。

 この両左腕の投げ合いを見ていると、いやでもピッチングというものを考え直させられる。
 すなわち、重要なのはストレートの球速よりは打者の手元での伸び、そしてインロー、アウトローへの正確なコントロールである。変化球はストライクゾーンの低目いっぱいからボールゾーンに沈む、あるいは落ちるのが望ましい。あくまで力ではなく、球質とコントロール。
 常時160キロを出せるような剛速球投手が、まず出現しないわが野球界にあって、この日の二人の投球は、日本野球の一つの真髄を示したものといっても過言ではあるまい(ただし、どれだけキレのあるボールがコーナーに決まっても、例えばアルバート・プホルス<カージナルス>のようなメジャーのパワーヒッターには粉砕される可能性が十分にあることも、忘れてはならない)。

 ところで、試合は意外な展開を見せた。準完全ペースで7回2死まできた武田勝を、梨田昌孝監督は、あっさり替えたのである。ここから試合は動き、結局、日本ハムのクローザー武田久がつかまって、2−1でソフトバンクの勝ち。ご存知のように、今季、日本ハムはスタートでつまづいたが、その原因の一端はこの采配にあるのかもしれない。
 ただ、日本野球のたどり着いた、一つの究極の投球のありようを示す試合だったことは確かだ。

 セ・リーグの開幕カードにも印象深いシーンがあった。
 3月28日、広島−中日の第3戦である。試合そのものは双方に凡ミスの目立つ乱戦である。6−6の同点で迎えた7回裏のことだ。広島の投手は6回2死からリリーフに立った、今季から中継ぎの高橋建。いきなり4番ブランコにヒットを許して迎えた打者は5番和田一浩。ちなみにこの3連戦に限れば、和田はおそらく12球団最強打者だった。とにかく半端じゃなく打つのである。この打席の時点で打率6割6分7厘、2本塁打、6打点。無死一塁からの高橋vs.和田の対決を全球紹介する。

?ストレート   真ん中低目 ファウル 
?ストレート   外角高目 ファウル
?チェンジアップ 外角低目 ボール
?チェンジアップ 外角低目 ファウル
?チェンジアップ 外角低目 ボール(カウント2−2)
?チェンジアップ 外角低目 ファウル
?チェンジアップ 外角低目 ファウル
(??はサインに首を振って投げた)
?チェンジアップ 外角低目 ファウル
?ストレート   外角低目 ファウル
?チェンジアップ 低目ワンバウンド ボール(カウント3−2)
(ここで一塁牽制、走者アウト)
?ストレート   外角低目 ファウル
?ストレート   外角低目(やや中に入った) ファウル
?ストレート   内角高め ファウル
?チェンジアップ 外角低目 ボール(四球)

 見事な14球の対決である。ちなみにストレートは138〜140キロくらい。チェンジアップは128キロくらいである。高橋建がすごいのは、チェンジアップが徹底して外角低目にコントロールされ、しかもキレ味抜群だったことである。それに輪をかけてすごかったのが和田のバッティングである。
 特に印象的なのは6球目から8球目のチェンジアップ。外角低目にコントロールされただけでなく、見た目にも右打者から逃げるようにグイッと曲がり落ちた。和田はこの軌道にきっちりついていって、かろうじてファウルに逃れたのである。おそらく和田以外のほとんどの打者は、ここで三振だったのではないだろうか。

 和田は前日の第2戦では、ジオ(・アルバラード)から満塁ホームランを放っている。外角高目に入ってきたややシュート気味のボールをとらえたのだが、インパクトの瞬間にボールに上回転がかかり、打球は高く、大きな弧を描いて飛んでいった。なかなか落ちてこない、という形容がぴったりの打球だった。
 和田の打法は、軸足(右足)に体重を残して、ボールをひきつけて打つ、というものである。これは日本野球でもしばしば論じられる打撃理論だが(たとえば巨人の坂本勇人もこの形がぴたっと決まっている)、和田はその一つの極点に達した打者といっていいだろう。

 例えばボールをとらえるポイントについて、通常、インコースは体の前、アウトコースはやや後ろにすべきだとされる。しかし和田は違うのである。和田によれば「ボールを引きつける」とは「ヘソの前で捉える」感覚なのだが、じつは、すべてのボールをヘソ前でとらえるのだ。こう語っている。
「内角も外角も、ヘソ前で捉えるという意識でフルスイングしています」(『インコースを打て』高岡英夫・松井浩著 講談社)
 ここには「軸足に残して引きつけて打つ」打法の、おそらくは究極の姿がある。だからこそ、あの日、怖いくらい切れまくっていた高橋建のチェンジアップを三振することなく、ファウルにすることができたのだ。

 ただし14球の対決を振り返ると、半分以上の8球のチェンジアップが、すべて外角低目に鋭く沈んでいる。12球目から14球目を見ると、ストレートでアウトロー、インハイと攻めて、次に外に落として打ちとろうという意図があり、その通りにボールがきたことがわかる。この日の高橋建もまた、日本野球の究極のレベルにいたのである。
 日本野球はWBCを連覇したのだから、技術的には世界最高水準にある、という主張は成り立つだろう。その一方で、メジャーリーグのパワーにはかなわないとの反論も十分に説得力がある。メジャーに移籍していった多くの日本人選手の現状や結果を見れば、いずれの立論も一理あることが理解されるはずだ。全員がイチローなわけでも、全員が井川慶や福盛和男なわけでもない。

 ただ、ここに紹介したようなシーンをみるにつけ、日本野球の究極がさらにその境地を深める姿を目撃したいとも思うのである。

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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