今季、開幕からスタートダッシュを決めたのは、セ・リーグは、やっぱり読売巨人軍、そして、パ・リーグは意外にも千葉ロッテだった。セ・パともまだまだ首位戦線は混沌としているが、この2チームが今季の主役であることは、おそらく、間違いあるまい。
 ま、巨人の場合は当然だろ……と思うでしょ。実は当然というより、ある起爆剤があったと見ているのだが、その話はまた後で。
 ロッテは、なぜ快走しているか。
 理由は1、2番にある。1番・西岡剛、2番・荻野貴司が、ともに3割台をキープしている。西村徳文新監督は、「走る野球」を掲げたが、いくら俊足でも塁に出ないことには始まらない。二人とも3割というのが強い。
 もっと極言してしまおう。ロッテ躍進の原因は、2番センター荻野の足にある。
 例をあげる。
 たとえば4月24日の千葉ロッテ−福岡ソフトバンク戦。0−0で試合が進行した3回裏のことである。

 1死無走者で荻野が打席に入る。粘りに粘ってカウント3−2となった9球目。ソフトバンク小椋真介のアウトコース寄りのストレートを叩いた打球はショートゴロに。
 さてここからだ。ショート川崎宗則はなぜか逆シングルで捕りに行って、グラブを打球の上から出してしまった。それが災いしたか、お手玉している間に一塁セーフ。内野安打。おそらく、川崎は荻野の足を過剰に警戒したのである。素早く送球しようとしたのだろう。それが、打球の正面に入らず、逆シングルでグラブを上から出すというミスにつながってしまった。

 話はさらに続く。相手エラーで出塁し、荻野は一塁走者に。そして次打者井口資仁の1球目である。セットに入った小椋の足が上がるかどうかとうい瞬間、荻野はいきなりスタート。あわてた捕手・山崎勝己の送球は大きくセンター方向に抜ける。荻野、すかさずスライディングした二塁ベースから立ち上がって三塁へ。あっという間に1死三塁である。
 ところが、まだ話は終わらないのだ。続く2球目を井口が引っ張る。打球は極端な前進守備のショート真正面へ。三塁ランナー荻野スタート! 川崎、バックホーム。クロスプレーか? いえいえ、走者の足が全然早くホームベースに入り、セーフ。ロッテ1点先制。
 ははは。これはもう笑うしかない。要するに荻野が一人で走って、ダイヤモンドを一周してきて、1点もぎとった。一塁に出てからホームインまで、投球数はわずか2球である。足とか機動力とか、よく言われるが、これぞ究極の“足攻”だろう。荻野の足は、一塁送球とバックホームで、リーグ屈指のショートといわれる川崎の守備を破壊したのである。いわば“破壊する足”である。

 もうひとつ、紹介しておこう。
 4月29日のロッテ−埼玉西武戦。
 4−2とロッテリードで迎えた4回表。1番・西岡が出塁して無死一塁。打席は2番・荻野。ここでカウント1ボール2ストライクから西岡がスタート。荻野はアウトローの変化球をひっかけてショートゴロ。二塁は当然間に合わない。ショートとしては、打者走者だけ確実に一塁で刺しておけばいい。
 ところが……。ショート中島裕之が送球を焦ってしまうのである。悪投となって一塁セーフ。あっという間に無死一、二塁。これを足がかりにロッテはこの回で8−2とリードを広げることに成功した。
 これも、言ってしまえば、打者走者・荻野の足が中島の守備を破壊したシーンである。

 例えば、この日の相手である西武の1番・片岡易之も確かに速い。だが、荻野には単に速いだけでなく、面白さがある。走る姿も、まるでゴムまりのようだ。きっと陸上の専門家から見れば欠点もあるだろう。でも速い。どこか、あの東京オリンピックで“褐色の弾丸”と言われて金メダルをとったボブ・ヘイズの走り方を髣髴とさせる(古いか)。
 塁に出たら、とにかく投手の初球、初球で勝負してくる。彼は、見ていて楽しい破壊者なのである。

 さて、巨人軍に話を移す。
 巨人のスタートダッシュの原因もまた、1番・坂本勇人、2番・松本哲也の1、2番コンビにあった(松本は残念ながら、足を故障して離脱してしまったが)。
 例えば4月23日の広島−巨人戦。2−2の同点で進んだ6回裏のことだ。ここで均衡を破った方が勝利に近づく。
 この回、先頭の松本は2回以降好投を続けていた広島・スタルツのカーブをきれいにセンター前ヒット。
 ここからである。今年からスパイクの横幅一足分広げたとうい彼のリードオフは、ベース側の左足まで、一塁ベースのアンツーカーをわずかに出て人工芝にかかっている。ここまでリードをとる選手も、めったにいない。

 当然、スタルツは警戒する。この人、意外にセットポジションがうまく、セットでじっと長くボールをもって打者のタイミングをはずしにかかる。続く小笠原道大を三振、ラミレスも高目のストレートで攻めて、チェンジアップでレフトフライ。お見事!
 スタルツ、なんとか2死一塁までこぎつけた。打席は阿部慎之助。打ち取れるか……。カッキーン。ライトオーバーでまず1点。これを足がかりにこの回3点。試合の趨勢が決まった。
 このシーン、確かに打った阿部はえらい。この時点で盗塁王の松本を一塁にクギ付けにして小笠原、ラミレスを打ち取ったスタルツの投球術も大したものだ。
 だが、スタルツは、小笠原、ラミレスにではなく、一塁走者松本に負けたのである。一塁走者を気にして気にして、知恵の限りを尽くして3、4番を抑えて、5番でフッと集中力が切れてしまった。

 つまり、松本の足が巧妙なスタルツのセットポジションを破壊したのである。彼の足こそが、この日の巨人の勝因である。
 松本は新人王をとった去年にも増して、バットがトップの位置からインパクトまで最短距離で出るようになった。
 おそらく3割2分までは固いのではないか(故障は極めて残念だが、全快することを祈る)。まさに“破壊する足”をもつ2番打者が、今季開幕当初の巨人の快進撃を支えていたのだ。

 この国の野球は、ともすると、「足を使う」とか「機動力野球」とか「細かい野球」とか、そのような考え方を称揚する傾向にある。しかし、単に走るだけ、あるいはエンドランをかけるだけ、バントするだけでは、特段の戦術とはいえまい。むしろ、野球というゲームの常識に属する。たとえば、同じ“ゴロゴー”をやるのでも、走者の相手に挑みかかるような意志が見えないと、少なくとも魅力的ではない(4月24日の荻野の本塁突入が形の上ではまさに“ゴロゴー”だった。だが、あの走塁がすばらしかったのは、ベンチのサインの有無にかかわらず、スタートを切るという彼の意志に、球場全体が見惚れることができたからである)。
 その足に“破壊する意志”を秘めた選手――だから、いま、荻野と松本が面白い。

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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