シーズンが始まったばかりのトライアスロン。しかし、このところ幸先のいいニュースが飛び交っている。
 まず3月20日(土)、メキシコ・マザトランで開催されたITUパンアメリカンカップで高木美里(愛知県協会)が優勝、2位には上田藍(グリーンタワー・稲毛インター)が入り、日本人ワンツーの快挙。さらに翌週、オーストラリア・ムールラバで開催されたITUワールドカップ(WC)第1戦で、 崎本智子(日本食研)が2位に入る健闘。庭田清美(アシックス・ザバス)も7位に入った。 そして4月11日の世界選手権シリーズ(WCS)シドニー大会では足立真梨子(トーシンパートナーズ・チームケンズ)が4位に入る大健闘。好調の崎本智子も13位に入った。
(写真:ゴール後、観客の声援に応える上田藍)
 参考までに「ITUカップ」は「WC」の格下のレース、「TWCS」は「WC」の格上のレースで現在もっともハイレベルな大会。「TWCS」の上には世界選手権とオリンピックしかない。
 そのTWCSでいきなり4位に入ったのだから関係者が騒ぐのも無理はない。気が早いファンは早くもロンドンでのメダルを期待する声さえある。
 確かに、過去にもTWCSで入賞した事もあるのだが、何人もの選手が、数レースに渡って活躍したというのは記憶にない。つまり今までは、時々であったり、個人の活躍だったのが、日本チームとして安定した実力をつけてきたということが言える。

 この日本女子の好調の要因はどのあたりにあるのか。選手やコーチの話を聞いていて感じられるのが「自信」だ。北京オリンピックで井出樹里が5位入賞以降、誰もが表彰台を狙うことがイメージできるようになってきた。「いつも一緒に練習、レースをしている彼女が出来るのであれば」という意識が働き、自分たちにも可能性のある事を実感できたのだろう。練習自体は十分に積めているので、その意識の変化が競り合いのレースにおいて大きく影響してると思われる。また、日本選手間の競争も激化していることから、全体のレベル自体も上がり続けているのだ。このいい循環が、女子チーム全体のレベル底上げにつながっている。

 ただ、課題がない訳でもない。日本選手が総じて弱いパターンは、フィニッシュ前にスプリント勝負になった時の競り合い。走力は対等でも、最後の競り合いに勝てなければ大きな舞台での勝利は難しい。また、近年のヨーロッパの大会では外気温、水温が低い状況で行われることが多く、寒さに弱い日本人は苦戦を強いられることがある。過去のWCで、私が寒さに震えている横で、地元の女性や子供が水遊びをしていたのを忘れる事が出来ない。一般的に、アングロサクソン系とアジア系の民族では体温が違うので、得意な気温帯が違うと言われているが、レースが寒いところで行われるなら、そこでの走り方を身につけるしかない。これは単にトレーニングだけで克服されるものでもなく、様々な工夫が必要とされるところだろう。

 さて、ちょっと気が早いのだが、注目される2年後のロンドンオリンピックに向けて可能性はどうなのだろうか? 実力的に高まっていることは間違いないのだが、ロンドンのような都市型コースへの対応、順応が必要だろう。ロンドンのバイクコースはコーナーやUターンが多い、典型的な都市型コース。高速でコーナーやUターンに入り、そこから立ち上がっていくというレース展開は位置取りを間違えると体力の消耗が激しくなり、集団の中にいても疲労してしまうことが少なくない。サイクルロードレースのクリテリウム(周回レース)のような走り方への順化が必須条件。また、ランニングにおいても気候とコース条件から高速展開が予想され、女子でも33分台での戦いになる。トライアスロンの中での33分台を出すには、通常では32分台を切るような走力が必要で、これは実業団の上位レベル。つまりランだけでも陸上実業団の走力が求められるということで、その上でスイム、バイクもこなすのだから大変だ。

 さて、ここまで女子の話ばかりで、男子はどこへ行ったのか……。
 実のところ日本男子は、女子のような厚い選手層がハイレベルで競い合っているという状態ではない。現在、田山寛豪(流通経済大学)、山本良介(トヨタ車体)、細田雄一(グリーンタワー・稲毛インター)が争っているが、それ以外の選手が追いついていない。また、男子で優勝を狙うにはランを30分台で走る必要があるが、この3人でさえまだそこまで到達してないのが実情。もっともトライアスロンの中で30分台にて走るには、やはり通常の状態で29分では走れる力が必要で、これも実業団レベル。なかなか世界への道が厳しいのが現状である。どんなスポーツでも、男子選手層の厚さは女子とは比べ物にならないので、もともと厳しい世界ではあるのだが、しばらく日本男子の苦戦の日々は続きそうだ。

 愛好者人口が国内で増加中のトライアスロン。この流れに勢いをつけるためにも、今シーンの日本選手の世界での活躍を期待したい。


白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦している。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。
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