4月11日、女子ソフトボール1部リーグが西武ドームで開幕した。1部に復帰し、2年目のシーズンを迎えた伊予銀行女子ソフトボール部は、昨季2部で優勝し1部に昇格した大鵬薬品と対戦。5−4と1点差の接戦を制し、開幕戦を白星で飾った。キャプテン川野真代選手のキャッチャーへのコンバートや、新人選手のスタメン起用――大國香奈子監督の思い切った戦略が的中し、今後につながる大きな1勝をつかんだ。
(写真:開幕白星スタートを喜ぶ監督と選手たち)

 2年連続で開幕戦の会場となった西武ドームは伊予銀行にとってはあまりにも苦い思い出の地だ。ちょうど1年前、4年ぶりに1部復帰を果たした同行は日立ソフトウェアと対戦したが、0−22の大敗を喫したのだ。今回の試合前、選手たちの脳裏にはやはりその試合がよぎったのか、大國監督いわく、一様に緊張していたようだ。

 勝利の立役者はルーキー

 そんな先輩たちをよそ目に一人、開幕を楽しみにしていた選手がいた。新人ながら2番・センターのポジションをつかんだ松岡玲佳選手だ。「ワクワクしています!」。開幕戦の前日、松岡選手からこの言葉を聞いた大國監督は「もしかしたら、明日の試合はこの子がキーマンになるかもしれない……」と思ったという。その予感はズバリ的中した。

 1−2と1点ビハインドの5回裏、先頭打者の重松文選手がレフトーオーバーの三塁打を放った。打席には2番・松岡選手。大國監督はスクイズではなく、強攻策をとった。
「(ボールが滑りやすい)人工芝にもかかわらず、大鵬薬品の内野陣がかなり前進守備をとっていたんです。これはうまく転がせば抜けるなと思いました」
 果たして、松岡選手の打球は三遊間を抜け、重松選手が同点のホームを踏んだ。さらに矢野輝美選手のタイムリーと相手エラーで3点を追加し、伊予銀行は5−2と逆転に成功した。
「この回のいい流れをつくってくれたのは、やっぱり松岡だったと思います。彼女があそこできっちりと同点にしてくれたことで、チームに勢いがついたんです」

 松岡選手は須磨ノ浦女子高出身。高校3年時の昨年はキャプテンとしてチームをインターハイ優勝に導くなど、大舞台の経験は豊富だ。それだけにプレッシャーのかかる場面でも全く物怖じしない精神的強さがある。高校時代から守備には定評があり、大國監督が1年目からレギュラーに抜擢したのも、その守備を買ってのことだった。一方、打撃はというと、これまではほとんど送りバント専門。打っても俊足をいかした内野安打が精一杯だった。大國監督も「打てなくても、守ってくれればいい」と考えていたという。その彼女が大事な初戦で4打数2安打1打点の活躍を見せた。
「彼女にはキャンプから他の子以上にバッティング練習を課しました。新人の子にあれだけの量をさせたのは初めてかもしれません。それくらいハードだったのですが、彼女は決して弱音を吐かなかった。バッティングなら松岡がチームの中で一番練習したと思いますよ」
 開幕戦での輝きは、決して運やツキではなく、松岡選手の努力の賜物だったのだ。

(写真:好リリーフを演じた西村投手)
 もう一人の新人、西村瑞紀投手も勝利の立役者の一人だ。先発のエース坂田那己子投手が好投しながらも守備のミスもあって、4回途中まで2失点を喫した。そこで指揮官は新人の西村投手を2番手に送る。バックにも助けられ、西村投手はランナーを出しながらも5回まで無失点。上々の滑り出しだった。

 しかし、味方打線が4点を奪い、逆転に成功した後の6回表、エラーで出したランナーを一塁に置いての場面、相手の3番打者にホームランを打たれてしまった。あっという間に1点差に迫られ、迎えた最終回。大國監督は悩んだ末に西村投手を続投させた。だが、先頭打者にストレートの四球を出してしまう。大國監督は迷わず坂田投手を再投入。坂田投手は自らの暴投でピンチを招くも、なんとか無失点に抑え、1点差を死守した。

「西村はよくやってくれましたよ。ベンチに戻ってきた際、最後の四球のことを訊いたんです。そしたら『絶対に抑えてやる、と思って力んでしまいました』と言っていました。逃げたわけではなく、攻めた結果ですから、十分に合格点をあげられます」と大國監督。投手陣は昨年まで左のエースとして君臨していた清水美聡投手が引退したことで、補強が急務とされていた。それだけにチームにとって西村投手はまさに救世主といっても過言ではなかったのだ。

 衝撃のコンバート

 さて、今回の開幕戦で関係者が一様に驚いたのが、川野選手の外野から捕手へのコンバートだった。果たして捕手経験ゼロの川野選手を勝敗を大きく左右する司令塔のポジションに就かせたその理由とは何だったのか。大國監督は次のように述べた。
「実は昨シーズンが終了した時点で考えていたことなんです。というのも、1年間シーズンを戦ってみて、やっぱりキャッチャーがこのままでは1部では戦えないな、と思ったんです。あのまま2部に降格していたら、若手の育成ということも考えましたが、1部残留が決定してからは川野をキャッチャーにしよう、と決めていました。彼女はチームで一番ソフトボールを熟知していますし、キャプテンとしてこの5年間私のすぐ近くにいましたので、私が何をやりたいのかも把握していますから」
 この大胆ともいえるコンバートを大國監督が実行できたのも松岡選手の加入が大きかった。捕手同様、守備の要であるセンターを松岡選手なら十分に任せられると考えたからだ。

 突然のコンバートにもかかわらず、川野選手は嫌がることもなく「自分ができるなら」と二つ返事で引き受けた。
「あまりにもすんなりと話がまとまったので、こちらがちょっと拍子抜けしたくらいです(笑)。でも、それだけ川野もどうにかしなければいけないと思っていたんだと思いますよ」
 とはいえ、やはりはじめのうちは川野選手も慣れないポジションに困惑気味だったという。それでも2月の宮崎キャンプに捕手出身のOGにみっちりと指導してもらったことで、捕手らしさが出てきた。その後も大國監督や秋元理紗新コーチの指導の下、しっかりと準備を進めてきたようだ。開幕戦で見た川野選手はマスクとミットがすっかり板につき、その姿は司令塔そのものだった。

「開幕戦では坂田の決め球である低目のボールがなかなかストライクにとってもらえなかったんです。それで結構苦しんだのですが、いつもならそれで崩れてしまう坂田が最後まで落ち着いて自分のピッチングをしていました。あれは川野に全幅の信頼を置いていたからだと思いますよ。何があってもニコニコしているあの表情と、のんびりでも慌ててもいない川野の独特の“間”がピッチャーに安心感をもたらせているのでしょうね。配球のミスはあったものの、初戦としては本当によくやってくれました」

 捕手としてデビュー戦となったこの試合、川野選手に自信をもってもらうためにも大國監督は勝ちにこだわっていたという。負ければ、たとえバックのミスだったとしても、責任感の強い川野選手のことだ。きっと自分の責任だと考え、攻撃の方にも影響をおよぼしかねない。さらにはキャプテンが下を向けば、チーム全体の雰囲気も悪くなってしまうからだ。

 いつもはめったに笑顔を見せず、厳しい指揮官というイメージが強い大國監督だが、試合後には嬉しそうな笑顔が浮んでいた。
「最後の最後までわからない試合で、不安でしたが、勝てて本当に良かった。今後はさらに厳しい戦いが続きます。それを考えると、楽な試合ではなく、接戦をモノにしたということがチームにとっては良かったかなと思いますね」

 成長を促したキャプテンの存在

 そしてもう一人、チームに刺激を与えている選手がいる。2年目の川口茜選手だ。昨シーズン、彼女は一度も打席に立っていない。社会人での実績はゼロだ。しかし、その彼女が今シーズンはクリーンアップに続く6番DP(指名選手)でスタメン入りを果たしたのだ。
「1年目の昨年は練習もそれほど必死になってやっていなかったし、声も小さくて、やる気が全く見えませんでした。ところが、オフに入った途端にガラリと変わったんです。自ら声も出るようになりましたし、練習も本当に一生懸命やるようになりました。他の選手からも“川口は変わった”と。実際、開幕戦でも得点には結びつきませんでしたが、1死球含む2打数1安打と実績を残しました。これでチームメイトからも本当の意味で、認められていくでしょうね。そして、彼女の活躍によって刺激を受けている選手はたくさんいると思いますよ」
(写真:今後の活躍が期待される川口選手)

 川口選手の変貌の背景には、キャプテンの存在がある。大國監督は「何かを得てほしい」という願いから、オフ期間中、キャンプなどの部屋割りをはじめ、何かと川野選手と川口選手をペアにしたのだ。
「2人は職場も同じなんです。ですから、川口が川野の影響を何かしら受けたことで、心の変化があったのかもしれないですね」と大國監督。指揮官の思惑がピタリと的中した結果となったようだ。

 さて、今後は1部常連のチームとの厳しい戦いが待っている。伊予銀行はどう挑むのか。
「今年は全部勝つつもりで戦っていきます。結果的に負けても、絶対に下を向かない。途中で諦めるようなことは絶対にしません」
 今シーズンのチームテーマは“元気のよさ”。開幕戦に駆けつけてくれた応援団からは「今年はベンチの雰囲気が違う。元気があって、良かったよ!」という声が多く聞かれたという。だが、シーズンはまだ始まったばかりだ。長丁場の戦いの中、苦しい時期も出てくるだろう。そんな時こそ声を出し合い、元気よくやれるかどうか――。チームの真価は今後、問われることになる。


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