東京ヤクルトのサウスポー石川雅規は昨オフ、球団と総額8億円以上の4年契約を結んだ。
 昨季、石川は自己最多の13勝(7敗)をあげた。30歳という年齢を考えれば、まだ4、5年は十分、第一線で活躍できる。“シブチン”といわれる球団がポンと8億円を積み上げたのも当然といえば当然か。
 2007年には不振から二軍落ちし、限界説までささやかれた石川が鮮やかに甦った理由はただひとつ――左打者の胸元に食い込むシュートをマスターしたことだ。
 サウスポーが左打者に打たれては話にならない。ところが左打者の内懐をえぐるボールを持たなかった石川は、左打者にいいように踏み込まれ、カモにされていた。

 二軍落ちした石川はワラにもすがる思いで、たまたま視察に来ていた編成部(当時)の安田猛に頼み込んだ。
「シュートを教えてください」
 安田といえば現役時代は“王キラー”と呼ばれた変則派のサウスポーで左打者の胸元をえぐるシュートを得意にしていた。
 快諾した安田は人差し指と中指で縫い目をまたぐようにして握る独特のシュートを教えた。

 効果はてき面だった。一軍に復帰した石川はこのシュートを武器に巨人相手にいきなり完封勝利をあげた。これはプロ6年目で初めての完封劇だった。
 スポーツに“たら”や“れば”は禁句だが、もし二軍の球場で石川が安田に会い、シュートを教えてもらっていなかったら、彼の復活はなかった。総額8億円どころか、下手をするとクビになっていたかもしれない。

 球団にとっても石川の復活は大きかった。昨季、ヤクルトは初めてクライマックスシリーズ(CS)に進出したが、その立役者は誰あろう石川だった。

<この原稿は「フィナンシャルジャパン」2010年6月号に掲載されました>
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