『UFC』で五味隆典が敗れ、『Strike Force(ストライクフォース)』では青木真也が散った。吉田秀彦は引退し、柔道界へと戻っていく。総合格闘技に明るい話題が見当たらない……と思っていたところに、興味を引くニュースが飛び込んできた。“皇帝”エメリーヤエンコ・ヒョードル(ロシア)が来月、試合を行なうことが決まったのだ。
(写真:4月25日の吉田秀彦引退興行で来日したヒョードルだが、日本での試合は2007年の大晦日が最後)
 6月26日(現地時間)、米国カリフォルニア州サンノゼのHPパビリオンで開催される『Strike Force』で、日本でもおなじみの柔術ファイター、ファブリシオ・ヴェウドゥム(ブラジル)と対戦する。ヒョードルにとっては7カ月ぶりのファイトだ。

 かつて『PRIDE』が存在した頃には、ヒョードルは、コンスタントにリングに上がっていた。アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ、ミルコ・クロコップ、ヒース・ヒーリングにセーム・シュルトといった強い対戦相手にも恵まれ、その実力を存分に光らせていた。だが、『PRIDE』消滅以降、実力は衰えていないにもかかわらず、試合のチャンスに恵まれていない。2008年以降の試合数はわずかに3。満足のいく対戦相手が用意されることもなかった。

 だが今回のファブリシオ戦は楽しみだ。ファブリシオは、かつてミルコ・クロコップの柔術コーチを務めていたこともあったが、07年以降はシュートボクセ・アカデミーに所属している。『柔術世界選手権』重量級を連覇(03、04年)、『アブダビ・コンバット』99キロ以上級でも3度の優勝(03、07、09年)。加えて06年にはオランダでの総合格闘技の試合でヒョードルの弟、エメリーヤエンコ・アレキサンダーを肩固めで破ってもいる。ファブリシオの実績は充分だ。

 またヒョードルは、柔術系ファイターと闘ってこそ光る選手のように思う。これまでに32勝1敗1無効試合の戦績を誇るヒョードルのベストファイトといえば、やはりアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ戦だろう。ヒョードルとノゲイラは、『PRIDE』のリングで3度闘った(ヒョードルの2勝1無効試合)が、いずれの試合も観る者に格別の緊張感を与えてくれた。

 卓越した寝業テクニックを持つ相手に対しては、さすがのヒョードルも簡単には距離を詰めてパンチを放つことができない。打撃系のファイターを相手にする場合とは異なったスタイルで闘うことを余儀なくされている。だが、その時こそ、総合格闘家ヒョードルのテクニック、メンタル両面において奥深い部分に触れることができるのだ。

〇VSティム・シルビア(1R36秒、チョークスリーパー)/08年7月19日・米国アナハイム
〇VSアンドレイ・アルロフスキー(1R3分14秒、右フックでKO)/09年1月24日・米国アナハイム
〇VSブレット・ロジャース(2R1分48秒、パウンドでのTKO)/09年11月7日・米国ホフマンエステイツ
 これらヒョードルの過去3試合では、戦前に勝敗に対する興味を抱けなかった。だが、今回は、そうではない。ファブリシオは、かつてミルコの参謀として「ヒョードル対策」を練ってきた男でもある。ヒョードルにとって決してイージーファイトにはならない。アップセットの予感が漂う。

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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜(文春文庫PLUS)』ほか。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)
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