流すのではなく、反対方向にしっかりと打ちきる。これができれば本物である。
 千葉ロッテの左打者・大松尚逸の今季の成長には目を見張るものがある。

 もとより、その素質に疑いの目を向けるものはいなかった。
 2008年 打率2割6分2厘、24本塁打、91打点。
 2009年 打率2割6分9厘、19本塁打、79打点。
 パワーヒッターとして過不足ない成績を残しているが、欲をいえば反対方向、つまり左方向への長打が少なかった。
 それが今季は改善された。5月4日の北海道日本ハム戦、大松は公式戦では自身2度目の2打席連続ホームランをレフト、センターに叩きこんだ。
 しかも打った相手が苦手とするサウスポー(土屋健二)だっただけに、試合後は舌も滑らかだった。
「1本目のレフトへの当たりは、まさか入るとは思わなかった。芯には当たっていたが、こすっていましたから。今までとは全く違った手応えがありました。
 2本目は左投手のスライダーをあそこ(バックスクリーン)に打ちこむことができた。引っ張らずにセンター方向に強い打球を打つことを去年の秋から心がけてきたんです」

 大松に打法改造を指示したのは今季から打撃兼野手チーフコーチに就任した金森栄治である。
 金森の打撃理論の基本は「腰で打て!」。ポイントを後ろに置き、反対方向へも強い打球を打つことを心がける。冒頭で述べたようにボールを流すのではなく、打ちきるのだ。
 では、「流す」と「打ちきる」はどこがどう違うのか。
 あくまでも私見だが、「流す」というのはボールを腕で処理することを意味する。悪い言い方をすれば小手先の技術だ。
 一方、「打ちきる」とはボールを自らのスイングの中で処理する。腰が入っていて、スイングに躊躇がない。
 金森が言うには、これまで大松は「長打を欲しがるあまり、気持ちが(引っ張りの)ライト方向に行ってしまう」という欠点があった。要するに腕の力に頼って打っていたのだ。
 この欠点を矯正するためには、下半身主導のスイングにしなければならない。金森は大松に我慢強く欠点を説き、指導を行った。

 その甲斐あって今季は打率3割6厘、7本塁打、29打点(5月20日現在)と08年のキャリアハイを上回りそうな勢い。マリンガン打線の中軸としてチームの首位争いに貢献している。
「ボールを引きつけて距離がとれればセンターから逆方向にも打てると分かった。これは初めての感覚です。いいイメージを持って打席に入れている」
 本人も確かな手応えを感じているようだ。

 生まれ故郷・石川の金沢競馬場では、「尚逸の秀逸なバッティング賞」というレースが開催された。これは金森の大松に対するコメントから命名された。
 そう言えば金森も金沢市の出身である。「百万石打線」の基礎づくりは着々と進んでいる。

<この原稿は2010年6月6日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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