これだけは誰にも負けない――。そう言い切れる技術を持つ選手は、そう簡単には淘汰されない。
 その典型が現在は中日ドラゴンズで2軍監督に就いている川相昌弘だ。
 周知のように川相は現役時代、“バントの名手”として鳴らした。
 積み上げたバントの数、実に533。地味ながら、これは歴とした「世界最多記録」だ。
 元々、バントが得意だったわけではない。それが証拠に巨人に入団し、2年目に1軍に上がって以降5年間は、1シーズンに1ケタ台のバントしか記録していない。
 犠牲バントの数を初めて2ケタ台に乗せたのは、1989年。この年に32の犠牲バントを成功させ、それから58、66……と飛躍的に数を伸ばしていった。

「犠牲バント」は、文字どおり自己を犠牲にして他者を生かす地味な仕事だ。川相だって最初からやりたくてやったわけではない。
「レギュラーを掴もうと思うと、これをやらないことには使ってくれないんです。これで生きるしかない。だから打てなくてもいいから、まずバントをきっちりやってしっかり守って、という気持ちしかなかったですね」
 要するに、生き残るために必要に迫られてやったのだ。

<この原稿は「ビッグトゥモロー」2010年6月号に掲載されました>
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