約1カ月にわたって行なわれたセ・パ交流戦が終了し、18日から各リーグのペナントレースが再開されました。交流戦では1位から6位までパ・リーグのチームが占め、話題となりましたね。その要因のひとつとしてパ・リーグには日本を代表するエース級の先発ピッチャーが多いということが挙げられています。しかし、セ・リーグにも活きのいいピッチャーはいます。なかでも今季大ブレイク中の広島・前田健太投手は心技体すべてにおいて成長が見られます。
 24日現在、前田投手は14試合に登板し、東野峻(巨人)と並ぶリーグ最多の9勝(2敗)を挙げています。さらに防御率1.46、94奪三振もリーグトップ。防御率はパ・リーグトップのダルビッシュ有(1.51)を凌いでいます。

 2007年にドラフト1位でPL学園から広島に入団した前田投手は、2年目からローテーション入りを果たし、9勝2敗という好成績を挙げました。しかし、3年目の昨シーズンは打線が振るわなかったこともあり、8勝14敗に終わりました。今シーズンもチーム自体は波に乗れず、開幕以来ずっとBクラスと低迷が続いています。それでも、今シーズンの前田は既に9勝と着実に勝ち星を積み重ねています。

 最大の要因は、得意のカーブのコントロールにあります。高校時代からコントロールはいいものをもっていた前田投手ですが、カーブにはややバラつきが見られました。しかし、今シーズンは狙い通り、低めにコントロールされています。だからこそ、リーグ最多の111イニングを投げても、被本塁打は最少の5本に抑えられているのです。

 また、もともとよかったストレートも腕が振れるようになったことで、キレが増しましたね。昨シーズン、初めて1年を通してローテーションを守ることができたという自信が腕の振りをよくしているのでしょう。そして先発の柱として期待された大竹寛がケガで大きく出遅れたこともあり、「自分が投げなければいけない」というエースとしての自覚が芽生え、さらにはエースとして認めさせるいいチャンスだという強い気持ちがあるのだと思います。

 マウンドでの姿にも、昨シーズンとの違いが見受けられます。これまでは若手らしく、がむしゃらな感じがありましたが、今では堂々としていて余裕さえ感じられます。自分のピッチングにだけ一生懸命というのではなく、バッターの様子を見て、ピッチングのテンポをかえたりするなどの冷静さはまさにエースと呼ぶに相応しい。首脳陣やチームメイトにとっても頼もしい存在となっているでしょうね。

 同世代には田中将大(東北楽天)や増渕竜義(東京ヤクルト)、山田大樹(福岡ソフトバンク)、さらには今ドラフトの目玉には斎藤佑樹、大石達也(ともに早稲田大)、沢村拓一(中央大)といった大学生にも好投手が揃っています。その中で前田投手が他の投手より秀でている部分といえば、やはり緩急が使えるということ。ピッチャーが遅いボールを投げるには簡単そうに見えて、意外にもかなりの勇気が必要です。周知の通り、前田投手の十八番はドロンとした落差のあるカーブ。これがあることによって、他投手以上に緩急がつけられているのです。

 正直、今の前田投手にこれといった課題は見当たりません。ストレートとカーブを自在に操り、彼自身よく“2世”と言われていますが、まさに桑田真澄さんを彷彿させる理想通りのピッチングができています。まだ22歳。これからどんなふうに成長していくのか、楽しみですね。

佐野 慈紀(さの・しげき) プロフィール
1968年4月30日、愛媛県出身。松山商−近大呉工学部を経て90年、ドラフト3位で近鉄に入団。その後、中日−エルマイラ・パイオニアーズ(米独立)−ロサンジェルス・ドジャース−メキシコシティ(メキシカンリーグ)−エルマイラ・パイオニアーズ−オリックス・ブルーウェーブと、現役13年間で6球団を渡り歩いた。主にセットアッパーとして活躍、通算353試合に登板、41勝31敗21S、防御率3.80。現在は野球解説者。
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