エメリーヤエンコ・ヒョードル(ロシア)が敗れた。
 6月26日(現地時間)、米国カリフォルニア州サンノゼのHPパビリオンで開かれた『Strike Force』で柔術家ファブリシオ・ヴェウドゥム(ブラジル)に試合開始から僅か69秒、三角絞めを決められ、タップを余儀なくされたのである。
 開始直後に得意のパンチをヒットさせ、ペースを掴んだヒョードルだったが、一気にパウンドで攻め切ろうとしたところでファブリシオに左腕をキャッチされてしまう。そして、徐々に動きを封じられ、三角絞めを完全に決められたところでヒョードルは自らの右手で「ギブアップ」を表示した。

 アップセット。ヒョードルは、もう少し用心深く動くべきだったろう。まだ、ほとんど汗をかいていない状態でファブリシオ相手にグラウンドでの密着攻防に挑むのは得策ではなかった。いや、ここはファブリシオを誉めるべきか。たとえ強者ヒョードルが相手であろうとも、展開次第では一本を奪う戦闘能力を有していることを彼は証明した。

「もう1度、ヒョードルと闘いたい。ここ(米国)でもいいし、ロシアでもいい」
 闘いに対して真摯で、対戦相手を気遣うファブリシオは、「勝ち逃げはしない」と宣言した。だが、すぐに再戦する必要はないだろう。もしやるにしても少し時間を置いてからでもよいのではないか。

 ヒョードルは、あと1試合、『Strike Force』と契約を残している。ならば、次なる相手はアリスター・オーフレイム(オランダ)か、ジョシュ・バーネット(米国)が面白いだろう。ヒョードルの再起戦の相手には、ファブリシオ以上に“危険な香り”を漂わせる男が相応しい。アリスター、あるいはジョシュに勝ったならば、ヒョードルは元の輝きを取り戻すだろう。だが、もし敗れれば、メンタル的なダメージの大きさから浮上できなくなる可能性もある。緊迫感溢れる闘いが期待できよう。

 さて、もう一人、「絶対に負けられない闘い」に挑む男がいる。
 7月10日、さいたまスーパーアリーナ『DREAM15』のメインエベントで、川尻達也と対戦する青木真也だ。この試合は『DREAMライト級タイトルマッチ』として行われ、青木は王者であり、ベルトを守る立場にある。それでも青木にとって「崖っ淵の闘い」とのイメージを抱くのは、2カ月半前のギルバート・メレンデス(米国)戦(4月17日『Strike Force』)の敗北があるからだろう。
(写真:青木はギルバート戦では得意の寝技に持ち込めず、0−3の判定負けを喫した)

 青木はライト級戦線において世界のトップを走ってきた。あの試合でメレンデスに勝っていたなら、ライト級の頂点を極めたと誰もが認めたことだろう。しかし、その大一番で青木は敗れた。

 一度敗れたからといって実力が急に下がるわけでは勿論ないが、懸念されるのは、モチベーションが維持されているか否かである。ひとつの敗北をきっかけに歯車を狂わせてしまう選手を、これまでに何人も見てきた。五味隆典、山本“KID”徳郁しかりである。それまで勝ち続け、気持ちを張りつめていた分、それが緩むと元に戻れなくなってしまう。

 青木はどうか? その答えが、川尻戦で出される。

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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜』(文春文庫PLUS)ほか。最新刊『情熱のサイドスロー〜小林繁物語〜』(竹書房)が好評発売中。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)
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