第126回 五味隆典と「木口式サーキット・トレーニング」

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 初代PRIDEライト(73?以下)級王者の五味隆典が、崖っぷち、いや金網際で踏みとどまった。
 8月1日(現地時間)、米国カリフォルニア州サンディエゴのスポーツアリーナで開催された『UFC on Versus: JONES vs. MATYUSHENKO』でタイソン・グリフィン(米国)に64秒KO勝ちを収めたのだ。五味は、かつて70キロ台前半のクラスで 「世界最強」と称された選手である。
(写真:2009年1月の『戦極の乱2009』で北岡悟に敗れた際には、アキレス腱固めで右足を破壊され、歩くこともままならなかった)
 順当勝ちと言いたいところだが、この2、3年の五味の実力は下降しており、戦前の予想はイーブン。今年3月のUFCデビュー戦ではケニー・フロリアン(米国)にチョークスリーパーを決められて敗れている五味が、もし、このグリフィン戦で連敗を喫したならば、UFCとの間で交わされている試合出場契約の解除もあった。それだけに、これは極めて大きな勝利だった。

 16歳で木口道場レスリング教室に入門した五味が、プロ総合格闘家としてのデビューを果たしたのは1998年11月(修斗のリングで鶴屋浩に判定勝ち)で20歳の時だった。以降、連勝街道をひた走り、2001年12月には、佐藤ルミナを降して第5代修斗世界ウェルター級王座に就いている。

 その後、戦場を『PRIDE』へと移し、04年から06年にかけて総合格闘界を席捲した。川尻達也、ルイス・アゼレード(ブラジル)、桜井“マッハ”速人らに完勝。『PRIDEライト級グランプリ』を制した後に、ライト級王座も手にしている。

 五味は強かった。世界から狙われる存在だった。そんな無敵だったはずの彼が精彩を欠くようになったのは『PRIDE』消滅以降。『戦極』のリングに上がるも北岡悟に敗れるなど、存在感も徐々に薄くなっていく。
 
 なぜ、3年前から五味は急に弱くなってしまったのか?
 自分が輝き続けてきた『PRIDE』のリングがなくなったことで緊張感を失ってしまったから。それもあるだろう。しかし、そのこと以上に大きかったのは木口道場を離れて独立したことではなかったか。

『PRIDE』のリングで勝利を重ねていた頃、五味は、こんな風に話していた。
「木口(宣昭)先生とのサーキット・トレーニングの日は、朝から憂鬱なんですよ。カラダがバラバラになるくらいにまで自分を追い込みますから。終わった後には吐いたこともあります。でも、木口先生とのサーキット・トレーニングをやり終えた後には自信が宿ります。あれだけのきついトレーニングに耐えられたのだから試合で負けるはずがない。そう思えるんですよ」

 私も目にしたことがあるが、「木口式サーキット・トレーニング」は凄絶である。約1時間半、木口会長の指示の下、休みなく動き続ける(その詳しい内容は『スポーツ新基本・レスリングが、総合格闘技がメキメキ強くなる これが木口式トレーニングだ!(DVD付)』=MCプレス刊で紹介されている)。全盛時の五味は試合の数日前に、このサーキット・トレーニングで肉体と精神を極限まで追い込んでいた。
 だが、『PRIDE』末期から、五味は、この儀式をパスしてリングに上がるようになっていく。陰りが見え始めたのは、それからである。

 現在は、自ら「久我山ラスカルジム」を主宰する五味ではあるが、木口会長と師弟関係が切れたわけではない。いまでも五味は木口会長を慕っているし、木口会長も五味を気にかけている。

 五味も31歳になった。
 肉体的にも精神的にも、きついとは思うが、だからこそ、いま再び本格的に「木口式サーキット・トレーニング」に身を浸すべきではないか。そうしたならば、かつて“火の玉ボーイ”と呼ばれた「強い五味」が蘇るように思う。

 その上で、大晦日、いや来年早々でもいい。“スカリー”五味と“バカサバイバー”青木真也の対決を見てみたい。

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近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜』(文春文庫PLUS)ほか。最新刊『情熱のサイドスロー〜小林繁物語〜』(竹書房)が好評発売中。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)
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