小刻みに纏を上げ下げするような独特のフォームながら、バットコントロールの巧みさは折り紙つきだ。
 ベンちゃんこと和田一浩(中日)が5番から4番に昇格して、約1カ月がたつ。
 7月1日現在、打率3割4分7厘で阪神のマット・マートンに次いで2位。出塁率4割4分3厘はリーグトップだ。

 西武時代、ヘッドコーチや打撃コーチとして指導にあたった土井正博はこう語っていた。
「いいバッターの条件は、どのボールに対しても食らいつく。追い込まれても三振しない。
 最近、僕が見た中ではイチローとベンちゃんが双璧ですね。彼らは追い込まれて変化球を投げられても簡単に三振しないでしょう。泳ぎながらでもバットに当てる技術を持っている。
 これは生まれ持った独特のカンのなせる業であるとも言えるし、目から入った情報をすぐバットに伝えられる天性の技術ともいえる。こういうバッターを崩すのはピッチャーからしてみれば至難の業ですよ」

 土井によればバッティングには2つの型がある。ひとつは両腕を伸ばして、来たボールを前で押し込む打法。この時、両腕と体でつくる形は大きな三角形になっている。
 もうひとつは後ろでボールを引きつけて打つ打法。腕はコンパクトにたたまれているので、この時の形は小さな三角形となる。
「この両方ができれば名球界クラス。長嶋茂雄さんやイチロー、そしてベンちゃんもそう。翻って清原和博は大きな三角形でしか打てなかった」
 元々はキャッチャーだったが、入団時の西武には伊東勤というリーグを代表する名捕手がおり、出番には恵まれなかった。1年目のシーズン終盤、出塁した和田は牽制を受けて帰塁、頭から滑り込んだ際に右肩を亜脱臼してしまう。これが幸いするのだから人生はわからない。
 土井は語る。
「それで秋のキャンプでファーストや外野の練習もさせてみようという話になりました。もし、あの時に肩を痛めず、ずっとキャッチャーをやっていたら、今のベンちゃんはなかったでしょう」

 ケガの功名とはこのことだ。一方で本人はキャッチャーミットを押し入れにしまうことに対しては相当な抵抗感もあったようだ。2001年の開幕戦では松坂大輔(現レッドソックス)とバッテリーを組んだ。
 それだけに入団5年目のオフ、コーチから監督に就任した伊原春樹(現巨人ヘッドコーチ)から「もうキャッチャーミットはいらないからな」と言われた時には、口に出せないほどのショックを受けたという。
 しかし、外野手に完全転向した翌年、和田は3割1分9厘という好打率をマークする。そこからの活躍ぶりは説明の必要もあるまい。
 蛇足だが県立岐阜商高の同級生にシドニー五輪女子マラソン金メダリストの高橋尚子がいる。
「Qちゃんとベンちゃんが同級生? 親子かと思ったよ」
 どこかの記者がそう口を滑らせた。ベンちゃんにかわってヤキを入れておいた。

<この原稿は2010年7月18日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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