今になって中日は「もったいないことをした」と後悔しているのではないか。
 金銭トレードとはいっても、実質的には「無償トレードに毛の生えたような金額」(球団関係者)だったという。それが今ではパ・リーグを代表するアベレージ・ヒッター、昨季は首位打者に輝いた。
 登録名を本名の土屋鉄平から「鉄平」に変えたのは東北楽天に移籍してからだ。

 もちろん、楽天へのトレードを本人が希望したわけではない。
「(トレードを)通告された時はショックでしたね。(2005年)秋の教育リーグの参加選手に自分の名前がなかったので、これは何かあるとは感じていました。
 すると球団に呼び出されて“楽天に行ってくれ”と。ただ、その頃の中日の外野は福留さん(孝介・現カブス)、アレックス(オチョア)、井上さん(一樹・現中日打撃コーチ)、森野さん(将彦)がいたので、試合に出るのは大変でした。
 その点、楽天はその年、97敗もしたチームだったので、多少はチャンスがあるかなと思ったのも事実です」

 大分・津久見高時代は「九州のイチロー」と呼ばれた。バッティングには自信があった。楽天に移籍した06年には初めて規定打席に達し、打率3割3厘を記録した。
 しかし翌07年は2割5分4厘、08年は2割7分。昨季、3割2分7厘とブレークした背景には、何があったのか。
「間の取り方を覚えたんです」
 鉄平はこう切り出し、丁寧な口調で続けた。
「打撃でよく言われる“間”とは、足を上げたところから着地するまでのボールのとらえ方、つまり距離感のことを指しています。
 この“間”がうまくとれないと、きっちりボールをとらえることができない。当然、その日の調子や相手投手によってボールの見え方は違ってきます。
 ただ、右投手だろうが左投手だろうが、オーバーハンドだろうがアンダースローだろうが、常にちょっと斜め上からボールを見る。それだけは変えないようにしています」
 ――斜め上からボールを見るメリットは?
「目の位置が下がってくると状態は悪くなる。バットのヘッドも一緒に下がってきて球威に押されてしまいます。同じ投手でもボールは曲がったり落ちたりしますし、高さもまちまち。その中で顔の位置を一定に保つことは難しいのですが、できるだけ変えないことで、ボールの距離感がつかみやすくなるんです」

 現在、27歳。年齢的には、これから脂がのってくる頃だ。
「メジャーリーグに興味はありますか」と問うと、あっさり返されてしまった。
「(日本は)治安がいいし、食べ物も美味しい。言葉も通じますし。確かにアメリカの方が年俸は高く、税金も安いかもしれないけど、平穏な日常生活と引き換えにはしたくないですね」
 生活が第一。どこかの政党のスローガンみたいだが、それが苦労人の本音なのかもしれない。

<この原稿は2010年8月1日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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