メジャーリーグのトレード期限にあたる7月下旬、松井秀喜がヤンキースに復帰する可能性が(ほんの一瞬だけ)話題となった。
 元ネタはESPNラジオのコメンテーターが、「DHの補強策としてアダム・ダン(ナショナルズ)を狙うくらいなら松井の方が適切なチョイスなのでは」と述べたもの。その後、「スポーツ・イラストレイテッド」の記者もTwitter上に「まだヤンキースが松井との交渉に臨んだ形跡はない」と記すなど、噂は一時的に少なからず拡大の兆しをみせた。
 ただ結局、ヤンキースはランス・バークマン、オースティン・カーンズをトレードで獲得。常勝軍団の補強策はあっさりと終焉し、一部の人が依然期待する松井の帰還劇はひとときの「真夏の世の夢」に終わった。
(写真:7月にニューヨークで行なわれたヤンキース戦シリーズでは2本塁打を放ち、その結果が復帰の噂に繋がった/KOTARO OHASHI)
 一方、エンジェルス側の人間も、松井やクローザーのブライアン・フエンテスの放出工作に本腰を入れなかったことは、とりあえずは正しい動きと見なしているようである。地区首位のレンジャーズに大差をつけられているとはいえ、まだ試合数は残っている。ここで「あきらめ」の姿勢を覗かせることは、チームメートやファンにネガティブなメッセージを送ることになる。

 良いほうに受け止めれば、そんな解釈にも一理あるだろう。しかしその一方で、エンジェルスが現時点で松井らをトレードしなかったことには、他の理由もあったようである。「ESPNロスアンジェルス」のマーク・サクソン記者は、自身のブログ内でこう記している。
「現在の松井やフエンテスを放出しても、見返りにエリートレベルの若手を得るのは難しい。もしエンジェルスファンが松井らのプレーを観るのに飽き飽きしているというのなら、おそらく他のチームのスカウトも同じ意見だろう」……

 実際に、8月の声を聞いても松井の調子は上がってきていない。ホームラン数はともかく、悪いなりに数字を残してきたはずの松井の打率が2割5分を切っているというのは深刻な事態である。確かに評価が下がった今の彼をトレードしても、エンジェルスが得られる見返りはたかが知れているに違いない。
(写真:松井と足並みを揃え、エンジェルスも2位に沈んでいる)

 8月初旬にエンジェルスがボルチモアを訪れた際、某ア・リーグ強豪チームのスカウトに、松井の現状を尋ねてみた。そのスカウトはまず「彼の体調は本当に万全なのかい?」と筆者に逆取材したあと、こう続けた。
「体調不良か、あるいは年齢によるものかは判断がつきかねるが、松井はやはりスローダウンしている。インサイドの速球についていけなくなってしまっているんだ。これまで松井は速球攻めをするには危険過ぎる打者だったんだけどね。松井自身も速球に遅れがちなことに気付いていて、チートするようなスイングが増えている。それによって打撃自体が崩れてしまっているんだ」

「チート」とは速球についていけない打者が、見切り発車で早めにスイングを始動すること。この打法では速球に振り遅れるケースは減る代わりに、変化球を待てなくなり、確実性が極めて下がる。そのスカウトの見方が正しいとすれば、松井の打率が過去より大きく低下しているのも納得できるところではある。

 いずれにしても日本球界を代表する打者であり続けてきた松井が、現時点で「トレード価値の低い選手」と見なされているのは残念というしかない。このままいけば、来季、どこのチームでプレーすることになろうと、さらに厳しい条件での契約を余儀なくされるのは確実である。
(写真:成績低迷ゆえに地元アナハイムで行なわれたオールスターにも出場できなかった)

 シーズンは残り2カ月――。今季これから先は、松井にとって評価を再び回復させるための時間ということになる。自身の打撃を少しでも取り戻し、エンジェルスを希望の持てる位置に導くことに貢献できるかどうか。

 希望がないわけでもない。先述のスカウトに松井の今後について尋ねると、すぐにこんな答えが返ってきたのだ。
「松井がまた危険な打者に戻ること? もちろん可能だよ。そのために必要なのは、まずは真の意味でベストコンディションに戻すこと。そして、ややスローダウンしたことを自覚した上で、新たなスイングのタイミングを身につけること。それさえできれば、もっと良い数字を残すこともできるはずだ」

 松井のメジャーキャリア、ひいては野球人生が、終盤を迎えていることはもう間違いないのだろう。日本の週刊誌上で「引退」についてコメントを残したという話も伝わってきている。
 だが、昨秋のワールドシリーズでの勇姿を思い返せば、たった1年で急激に「打率2割5分の打者」に落ち込んでしまうというのは考えがたいことでもある……。まだ、やれるのではないか?
(写真:NYの人々は松井の昨秋の貢献を永遠に忘れはしないだろう)

 松井に逆襲のための一太刀は残っているのか。メジャー8年目を迎えたサムライの最後の意地に期待しながら、残り2カ月の戦いを見守りたいところである。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

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