第10回 みんな泳ぎがもっと速くなる!

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 来年7月に上海で開催される世界水泳、さらには2012年に行なわれるロンドン五輪へ向けて、日本のみならず世界各国のトップスイマーがコンディションをあげている。

 多くの代表チームに水着をはじめとする水泳用具を供給している山本化学工業は、「科学的に泳ぎが速くなってほしい」(山本富造社長)と考えている。これはトップスイマーのみならず、ジュニアやマスターズの選手についてもいえること。明確なビジョンと高い技術をもつ同社ならではのアイディアで、画期的な水着の開発に成功した。

 以前紹介した水着素材「BRS-TX」を用いた低抵抗水着「マテュースTX」がFINA(国際水泳連盟)の承認を得て、大きな注目を集めている。ラバー素材を一切使用しないマテュースTXは親水性を武器に、水中に入ると水の膜が水着の表面を覆い、抵抗を少なくするのだ。

 この親水性水着は浮力を感じることができる。山本化学工業の山本富造社長はマテュースTXの優れた点をこう説明する。
「この水着を着たスイマーが驚くのはお尻部分で感じる浮力感です。水着の表面にできる水膜効果で、速いスピードで泳げば泳ぐほど、お尻部分を“流れ落ちる”水流速度が上がります。そうすると、スイマーは驚くべき浮力を感じることになる。これは今まで開発してきたどの水着でも感じることのできなかった新しい感覚です」

 お尻部分を水が流れるとはどういうことか? 少し説明が必要だろう。
 人が水中を泳ぐと、お尻部分が山のようになり、水流はお尻の山を登ってのち、水着をつたって下ることになる。ここで親水性に優れたマテュースTXを着用すると、お尻部分を流れ落ちる水流が水着の表面に覆われた水の膜上を流れる速度を上げる。そうなると、体の下を通る水流よりも速度が速くなるのだ。

 体を挟んで下の水流が遅く、上の水流が速いとどのような現象が起こるのか。飛行機が飛ぶ理論を思い出してほしい。飛行機は翼の上を通る気流について、下を通る気流よりも速度を速くすることで“揚力”を作り、空を飛んでいる。理論的には、この考え方と同じこと。つまり、マテュースTXを着用すれば、水中で“揚力”のような浮力を獲得することになるのだ。マテュースTXを試したスイマーが驚きの表情を浮かべながら口にした「お尻が浮く」という感想。それは親水性に優れた素材から生まれた思わぬ力の賜物なのだ。

 体への負担を分散する水着

 マテュースTXが優れた点は浮力だけではない。北京五輪で注目を浴びた高速水着は、どれもスイマーの体を締めつけるような構造になっていた。このことから世間では“締め付ける=速くなる”というイメージが定着してしまった。これに山本社長は異議を唱える。

「筋力を締めつければ、当然体に負担がかかります。窮屈になってしまっては選手のポテンシャルがフルに発揮できるとはいきません。そこでマテュースTXは着心地を追求し“包み込む”というコンセプトで水着を開発しました。一言でいえば赤ちゃんが母親の腕の中で抱かれているような感覚の水着です」

 赤ちゃんを抱き慣れている人は、体全体を包み込むように抱えるため、全身に均一な力が掛かり赤ちゃんは腕の中で気持ちよく眠ることができる。反対に、抱きなれていない人はどこかに力が入ってしまう。その部分の負荷を赤ちゃんは敏感に感じ取り、泣き出してしまう。つまり負荷が分散していないのだ。

 水着の話に戻そう。以前の高速水着は体に著しい負荷がかかるため、長時間着用することが不可能だった。そこでマテュースTXは体への負荷を均一に分散させるため、3Dカメラを用い、3次元的に着用した姿を360度様々な角度から撮影しながら開発にあたっていった。完成した水着について、同じ圧力のかかっている部分を線でつないでいくと、それはあたかも等間隔の等高線のようにきれいに体にフィットする形になっている。つまり、どこかに負荷が集中するのではなく、万遍なく体に密着する作りになっているのだ。これによって、包み込む着心地を実現したのだ。

 泳ぎを助ける2つのアイテム

 マテュースTXがより速く泳ぐための水着ならば、これから紹介する2つのアイテムはより泳ぎを愉しむための道具といえよう。

 山本化学工業が開発した『息継ぎ上手サポーター』はスイマーの両手首からヒジまでに着用するアイテムだ。このサポーターは空気を貯める層を多く持った「エアロドーム」でできた素材で製造されている。名前の通り、息継ぎを上達させるためのものだ。

 スイマーは疲労が蓄積すると、だんだんと体が沈んでしまう。たとえば400m泳ぐとしよう。最初の200mまではいいポジションで泳げていたとしても、徐々に体が沈んでしまい、残り200mが苦しい泳ぎとなる。そうなると、息継ぎのポジションが下がってしまい、水を飲んでしまう可能性も大きくなる。

 しかし、息継ぎ上手サポーターを着用することでこの問題は解決する。スイマーは一日泳ぐうちの前半にサポーターを着用して水の中に入る。サポーターの効果で体を高くするためのポジションを体が自然と覚えていくのだ。すると、普段ならば疲れを感じて体が沈む後半にサポーターを外しても水面の高い位置をキープすることができる。このサポーターの優れた点は、体が疲れる前にポジションを覚えてしまうということだ。浮く感覚を体にしみこませることで速く泳ぐことを可能にする。当然ながら記録会や大会では着用することはできないものの、ウォーミングアップ時にサポーターを着用すれば、好タイムを期待できる体になるのだ。

 また、「浮心」と「重心」を近づけるためのゼロポジション水着も実用化に向けて動いている。「浮心」と「重心」を一致させることで、スイマーは速く泳ぐことができるのだ。どうしてもタイムを縮めることのできない選手の中には、この「浮心」と「重心」のバランスの悪い選手がいる。足と頭のバランスがとれないため、トップスイマーになることができないのだ。さらにマスターズ愛好者にもバランスの悪い選手が少なからずおり、筋力の衰え以上に早くタイムが落ちてしまうことがある。

「それを補正し、壁に当たっている選手をトップスイマーに引き上げ、マスターズ選手が一日でも長く競技と親しんでもらえるように」(山本社長)と開発されたのがゼロポジション水着だ。山本化学工業では9月20日スポーツ報知マスターズスイミングで、この2つのアイテムの貸し出しをスタートし一般ユーザーへ届ける予定だ。

「みんながもっと速くなってほしい」。山本社長はそう口にする。この思いからマテュースTX、息継ぎ上手サポーター、セロポジション水着は全スイマーに向けた山本化学工業からの新提案だ。新しい価値観の商品が全てのユーザーをワンランク上のスイマーへと導いてくれることを期待したい。

 山本化学工業株式会社
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