第108回「ランス・アームストロングはどこに行くのか?」

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 近年、国内でも広がりをみせるサイクルスポーツ。ここ10年ですっかり定着してきた感もあるが、その頂点に位置するのが毎夏フランスで開催されている「ツール・ド・フランス」。そのツールのヒーローとして君臨していたのがランス・アームストロングだ。1999年に優勝し、その後2005年まで前人未到の7連覇を達成した男である。
(写真:09年ツールでは実力と存在感を十分にアピールしたランス・アームストロング)
 ツール・ド・フランスというのは3週間、3000kmに渡って繰り広げられる長期間、長距離のレース。この期間を通じ、選びぬかれた200名近い出場選手の中でトップになるためには、実力はもちろん様々なリスクを避けて走らなければならない。どんなに強くとも、一つのトラブルでタイムを失うだけでなく、レースからリタイアせざる得ない事もある。それがロードレースの厳しさなのだ。そんな状況下で7年連続で勝つということは、21週間走り続けて、致命的なトラブルがなかったということ。これだけでも素晴らしい。さらにアメリカ人の彼が自国内で「尊敬するスポーツマン」のトップに選ばれる理由がもう一つある。精巣腫瘍というガンによって生死の境をさまよい、その闘いに打ち勝ち、レースへとカムバックを果たしたのだ。生きているだけでも奇跡なのに、ロードレースの頂点に長く君臨した男。これこそがアメリカンヒーローで、皆の憧れになったセレブリティーのランス・アームストロングだ。

 その彼も06年に引退し、ガン撲滅社会活動家として社交界に進出。現役時代から稼ぎ続けた資産は唸るほどあり、なに不便もない生活を送っていたはずだった。ところが、08年の秋に現役復活宣言。あれだけ成功した男が同じ舞台に昇るということは簡単ではない。周りが何を期待し、そこで勝つことがどれだけ厳しいか痛いほど知っているはず。すでに人生の大成功者として、富も名誉も持っている彼が、実力だけがモノいう世界へと戻れるのか。そしてその原動力は何だったのか。そのあたりは、先日出版された「ツール・ド・ランス」(アメリカンブック&シネマ出版)に詳しく記述されて明らかになっている。彼の真意は意外なほど純粋で単純だった。「新しい世代に対する挑戦」や、「引退生活における充実感の不足」、そしてなによりも「自転車に乗ることへの執着心」。あれだけ話題を振りまき、自転車界に激震を走らせた彼の復帰の根源は、拍子抜けするほどシンプルだったのである。いや、大変な事だからこそ込み入ったものではなく、シンプルな動機こそが必要ったのかもしれない。

 そして09年の活躍。本人は100%満足していないようだが、周囲を驚嘆させるには十分だった。そして、それ以上に世界のあちこちでランス効果が発揮され、出るレース、行く先々でものすごい数の観客を集め、ロードレースの認知向上に大きな役目を果たした。そういった意味でも彼のカムバックは自転車界にとっても大きな功績だったと言える。
(写真:昨年は次代のスター、アルベルト・コンタドール(中央)、アンディ・シュレクと並んで表彰台に立った)

 しかし、2010年のツールで様子が変わった。万全の状態でレースに臨み上々の出だしだったのもつかの間、パンクや落車で苦戦が続く。過去24週間大きなトラブルに見舞われる事のなかったランスが、僅か10日程の間でボロボロになっていく。まるで7年分の強運の代償を支払うように……。それに伴い走りにも精彩を欠くようになり、勝負が出来るところから完全に脱落。“これが勝っている時、いや勝てる選手の勢いと負ける選手の流れの差なのか”。周囲はそう感じざるを得なかった。

 それでもランスは走ることを止めなかった。どんなに負けても、「プレゼントはいらない」と強気の発言で他の選手が気を使ってくれることを拒否。最後までランスらしく強気な姿勢で走り切った。これが勝負に来ただけの選手なら、優勝戦線から脱落した時点でレースから去っていただろう。「スポンサーの手前」という大人の理由もあるとは思うが、これは彼が勝負することと同じくらいロードレースという場を大事にしていたからだと思えるのである。

 さらに彼は大会期間中にツールからの2度目の引退を表明。ロードレースには引き続き出場するが、ツールからは引退だという。彼にとってロードの勝負をする場はツールなので、これは実質的に一線からの引退宣言と言っていいだろう。十分すぎる物議を醸しだし、十分すぎる注目を集めた2シーズンが終わった。そして来期は、アイアンマントライアスロンへの挑戦も宣言している。38歳のランスはまだまだ悠々自適なリタイア生活はしないようだ。いや、ツールやアイアンマンへの挑戦自体が、彼なりのリタイア生活なのかもしれない。ただ、ちょっと一般人より求めるレベルと、入れ込み度合いが違うだけなのだ……。

 ツールの舞台から去ったアメリカンヒーローは、まだまだ私たちに話題を振りまいてくれそうである。

(photographs copyright © James Startt)

●「ツール・ド・ランス」  ビル・ストリックランド 著
安達 眞弓 訳
白戸 太朗 監修
(原著:Tour de Lance)
定価:¥1,800+税
ISBN:978-4903825-06-9
発売日:2019.9.22
発行:アメリカン・ブック&シネマ
発売:英治出版



白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール
 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦している。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための新会社「株式会社アスロニア」の代表取締役に就任。『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)が発売中。
>>白戸太朗オフィシャルサイト
>>株式会社アスロニア ホームページ
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