5階級制覇王者マニー・パッキャオの次なる標的が正式決定している。
11月13日にカウボーイズ・スタジアムにて対戦するは、メキシコの強豪アントニオ・マルガリート。かつてミゲール・コットに初黒星を付けたこともあるハードパンチャー(戦績38勝(27KO)6敗)である。
(写真:パッキャオ(左)とマルガリートの対戦は興行的な成功は約束されている Photo by Kotaro Ohashi)
 この試合には空位のWBC世界スーパーウェルター級タイトルが賭けられ、パッキャオは6階級制覇に挑むことになる(注/スーパーウェルター級は本来154パウンドリミットのはずが、150パウンドの契約ウェイトで開催予定。そんな一戦にタイトルを賭けることには批判もある)。
 決して人気選手ではないジョシュア・クロッティを相手にした3月13日の試合にも、カウボーイズ・スタジアムには5万人を越える大観衆が詰めかけた。テキサス州にはメキシコ人コミュニティが存在することを考えれば、パッキャオ対マルガリート戦には7万人を超える大観衆が押し寄せるとの予想も出ている。

 ただ……このファイトが実現することに、アメリカ国内で少なからず非難の声が挙がっているのも事実である。
 2009年1月、マルガリートはシュガー・シェーン・モズリーと対戦して9ラウンドTKO負けを喫した。そしてその試合開始前に、グローブの中に異物を入れようとしていたことが発覚。発見されたのは水に濡れると固くなる石膏のような物質で、そのまま試合が行なわれていればマルガリートのパンチ力が大幅に強化されていたことは確実だった。

「グローブの細工のことは知らなかった。すべてトレーナーがやったこと。もし自分が知っていればリングには上がらなかっただろう」
 後にマルガリートはそう弁明しているが、しかしグローブ内に物を入れられて気づかない格闘家など存在しない。マルガリートの言葉を信じているものなど、ボクシング界には存在しないのが現実だ。そして、これまでのキャリアを考えると、「かなり以前から不正グローブの恩恵を受けていたはず」という推測はすでに業界共通のものとなっていると言ってよい。

 事件勃発後、マルガリートはカリフォルニア州コミッションから1年間のライセンス停止処分を命じられた。その期間はやむなくおとなしくしていたマルガリートは、15カ月後の今年5月、まずはメキシコ国内での再起戦に判定勝ち。そして8月にはテキサス州のコミッションにライセンス交付を認められて、晴れてパッキャオとの対決に臨むことが正式決定した。
 すべてルールに沿って試合出場の権利を手にしたのであれば、もう文句を言われる筋合いはないのは事実である。特にアメリカは「セカンドチャンスの国」を謳っているのだから、なおさらだ。

 さらに言えばフロイド・メイウェザーとの決戦が暗礁に乗り上げ続けている現状で、パッキャオが戦うべき相手はそれほど数多く頭に浮かぶ訳でもない。ファン・マヌエル・マルケスとの第3戦、ミゲール・コットとの再戦、新鋭アンドレ・バートとの対決などの案も出ていたが、どれも一般的な希求力に乏しい。
 だとすれば、パッキャオと同じトップランク社の支配下で、しかも事件のおかげで知名度を増したマルガリートとの一戦を組むことは、まずはビジネス的に理にかなったシナリオではある。
(写真:フレディ・ローチ氏とパッキャオのデュオもすっかりお馴染みになった Photo by Kotaro Ohashi)

 だが、それでもオスカー・デラホーヤは「マルガリートを2度とリングに上げるべきではない」とこの試合の成立を痛烈に批判。そして実際にデラホーヤに同調する声は米国内に決して少なくない。
 何より「不正グローブ事件」で名前を売ったことが一因となって、結果的にマルガリートが巨万の富を得てしまうことには不快感を禁じ得ない。作り上げられた「正義の味方パッキャオ対悪漢マルガリート」という構図も半ばショウじみていて、何ともあざとく映ってしまう。筆者もカウボーイズ・スタジアムに足を運ぶ予定ではあるが、会場の片隅でビッグファイト独特のテンションを楽しみながら、一方で罪悪感も覚えることにもなるのだろう。
(写真:デラホーヤはマルガリートの起用に反対している)

 現代のボクシング界を背負って立つパッキャオにとって、これは絶対に負けてはならない戦いである。下馬評では5階級制覇王者が断然有利。不正グローブなしで戦ったマルガリートの直近2戦の内容が乏しいことも影響してか、パッキャオのイージーファイトを予想する声が圧倒的である。
 ただサイズでは大きく上回るマルガリートが、パッキャオのパンチを浴びても大きなダメージを受けなかった場合、混戦の可能性も見えてくる。特に試合後半、メキシカン独特の鎌のようなアッパーカットは怖いパンチとなるかもしれない。

 そしてもし番狂わせが現実のものとなったとしたら……このスポーツの秩序は完全に崩壊する。パウンド・フォー・パウンド王者が出場停止明けの選手に倒されてしまえば、戦線の盛り下がりは必至。しかも同時にリング外のトラブルが話題となっているメイウェザーの収監が決まるようなことでもあれば、ダメージはさらに深まる。そのときには、主役無きボクシング界は瀕死の重傷を負うことになるはずだ。

 11月13日のタイトルマッチは、ある意味で禁断の一戦である。悪行をビジネスに利用するような興行を打ったため、不必要なリスクを背負ったと指摘することもできる。そしてパッキャオは、少々大げさに言えば世界ボクシングの未来をも背負い、7万人の大観衆が見つめるリングに立つことになるのだ。
(写真:7万人の大観衆を埋め尽くすカウボーイズ・スタジアムは壮観なはずだ)


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

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