心なしか、両者ともやや調子が悪いように見えた。いや、絶好調時と比べれば、明らかに出来はよくなかった。
 それでも、試合結果は1−0である。2010年の日本のプロ野球を語る時、やはりこの両エースの投げ合いは、投手のレベルの頂点を示したものとして、記憶されるべきだろう。
 9月25日、福岡ソフトバンクホークス対北海道日本ハムファイターズ。杉内俊哉対ダルビッシュ有の投げ合いである。
 この試合は双方のチームにとって、負けられない状況にあった。
 ソフトバンクは優勝マジック2である。ただしデーゲームで2位西武ライオンズが勝っており、このナイトゲームに負けると、逆に西武優勝の可能性がふくらむ。
 日本ハムは、3位争い。すなわちクライマックスシリーズ進出を賭けた試合である。負ければ、残り試合の多い千葉ロッテマリーンズの3位が有力となる。ここはどうしても、ダルビッシュで勝って、ロッテに引導を渡したい。

 二人のエースは、それぞれに、何か肩に重いものを背負って札幌ドームのマウンドに上がった。ダルビッシュはわずかに無精ヒゲをはやし、頬がこけて見える。杉内はどうも動きにぎこちがない。その緊張感はしかし、見る者をも一種緊迫した高揚感にいざなう。これもまたプロ野球の醍醐味というべきだろう。
 一球一球を振り返ることに大きな意味はないかもしれないが、二つのシーンを書きとめておこう。
 1回表。ダルビッシュの投球は走者を背負い、球数も要して、なかなかままならない。
 2死満塁までいって、打者はペタジーニ。

?カットボール? パーム? チェンジアップ? 球種は(この人の場合、あまりにも多彩で)よくわからないが、内角高目に変化球。ボール。
?ストレート。内角低目。ボール。
?ストレート。外角高目。ストライク。
?シュート。外角高目。ボール。
 これでカウント1−3である。しかも満塁。さあ、どうする。

?ストレート。真ん中。ファウル。
?フォーク(だと思う。あるいはカットボール?)。真ん中からスッと沈むも、ペタジーニ、かろうじてバットに当ててファウル。
?フォーク(?と同じ球種)。ファウル。
 スリーボールになってから3球ファウルで粘られ、しかも絶対にボールは投げられない状況である。次の一球は?
?スライダー。内角高目。ストライク! 三振! 

 ただし、この8球目は微妙である。ペタジーニはボールと確信して見逃した。しかし、スライダーが高目のボールゾーンから左打者のインハイのストライクゾーンにグイッと曲がり落ちたのは確かだ。
 この三振で窮地を脱したダルビッシュは、2回からは安定して0行進。
 対する杉内。コントロールもいまひとつに見えたが、持ち前の伸びるストレートで打ち取っていく。
 2回裏を見ておこう。2死二塁で、打者は中田翔。

?ストレート。外角低目。ストライク。
?ストレート。内角高目。ファウル。
?ストレート。外角低目に外す。ボール。
 カウント2−1。ここでサインに首を振る。さて?
?ストレート! 外角低目。見逃し三振!

 この二つのシーンには、二人のエースの特徴がよく表れている。
 ダルビッシュは、球数をかけている。変化球も多用している。この日のストレートはだいたい149〜150キロくらいだったが、それでも基本は変化球。これは、彼の思想といっていい。
 とはいえ、満塁で1−3と困った時には、ど真ん中にストレートを投げてファウルにとっている。変化球→ストレート→沈む球という構成で、おそらく三振をとりにいったのだろう。

 対する杉内は、見て明らかなように4球ともストレートである(もちろん、他の打席ではスライダーもチェンジアップも投げているが)。
 アウトロー、インハイと攻めて、最後は首を振ってアウトロー。と言っても、143キロのストレートである。
 外角低目いっぱいに独特の伸びるストレートを投げきる技術が、この三振の本質である。そして、球数をかけない。要するに内外角のコーナーいっぱいを突いて、3〜4球で勝負。球種も基本的にはストレートとスライダー。これもまた、杉内の思想である。

 いい時の杉内は、ストレートにしろスライダーにしろ、見事に内外角の低目いっぱいに決まる。ヒエーッと思わずのけぞるようなコントロールである。その球筋の世界には、見る者の身体も同調するような、ひきこまれる感覚がある。従って、三振は基本的には見逃しである。
 一方のダルビッシュは、150キロの剛球であり、様々な変化球であり、次は何が起こるんだろうと、見る者の身体をその投球の世界にひきずりこむ。三振は、基本的には空振りでとる発想といって、いいのではないか。

 試合の結果を言っておくと、7回表にダルビッシュが死球から1点失い、1−0でソフトバンクの勝ち。杉内は完封だった。
 個人的には、この日の結果はこれでいいと思う。これまで何度も言ってきたことだが、クライマックスシリーズというのは、いびつな制度である。ペナントレースは優勝を争うものであって、3位以内を決めるものではない。3位をモチベーションにするチームより、優勝をモチベーションにするチームが勝ってよかった(といっても、ダルビッシュの投球の価値はもちろん変わらないが)。

 報道では、ダルビッシュはポスティング制度を使ってメジャーに行く可能性があるのだとか。
「ボクは日本で育った投手だから、メジャーには行かない」と言ってくれていたのにねえ。まあ、もちろん現行制度の範囲内での行動をとやかく言うことはできない。
 ただ、あのボールはナマで、目の前で見たいですね。やはり。
 それにしても、この日の球数が146球。多すぎると思う。

 松坂大輔のメジャーでの苦投を見るにつけ、彼も西武時代、やはり完投にこだわって、ダルビッシュと同じように140球も150球も投げていたのを思い出す。若い時の投げ過ぎは、おそらく現在の不振と無関係ではない。
 完投が日本野球のひとつの文化であることはわかる。何も、100球になったからといって機械的に継投に入ればいいというものではない。しかし、それにしても120球が限度というものではないだろうか。その方が、我々がダルビッシュの姿を見られる年月は、絶対に延びると思うのだが。

 それにしても、この国の野球はいつまで「3位でも日本一になれる制度」を続けるのだろう。それから、なぜに、日本シリーズは11月7日までやらなければならないのか。
 ポストシーズンという制度自体は大いに結構だろう。しかし、間延びした日程はしらける。3位のチームが日本一になってはおかしいし、ポストシーズンは10月末で終了させるべきだ。
 この改革だけは、来季からでも断行すべきだと、あらためて主張したい。

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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