この9カ月間に、総合格闘家として成長を遂げていることは見てとれた。判定決着ながら内容的に完勝だった。それでも彼に対する期待が大きいからだろうか、何処か物足りなさを感じてしまう。『DREAM.16(9月25日、名古屋・日本ガイシホール)』でミノワマンに勝利した石井慧のことである。
(写真:昨年大晦日のデビュー戦(対吉田秀彦)は柔道金メダリスト対決として注目されたが、いいところなく敗れた)
 昨年大晦日、『Dynamite!!』(さいたまスーパーアリーナ)でのデビュー戦、吉田秀彦と対峙した石井は、地に足がついていなかった。すでにピークを過ぎ、コンディションを戻すことができなくなっていた吉田からパンチを浴び、それに臆して、前へ出ることができずに完敗。総合格闘技デビュー戦勝利のお膳立てがされていたのにもかかわらず、勝負弱さを露呈してしまった。

 あの時と比べれば、石井は落ちついていた。卓越したグラウンド・テクニックも披露したし、ミノワマンが狙い続ける足関節技も巧みにしのいだ。総合格闘技に慣れてきたのだろう。ハワイに拠点を置いてのトレーニングの成果、海外での試合経験も活きたのだと思う。

 石井は吉田に敗れて以降、今年、海外で3試合を行っている。
○(アームロック、1R2分50秒)ササエ・パオゴフィー(米国)/3月20日、ハワイ『X-1WORLD EVENTS』
○(腕ひしぎ十字固め、1R2分42秒)タファ“タンパー”ミシパティ(ニュージーランド)/5月15日、ニュージーランド『Xplosion』
△(ノーコンテスト)マイルス・ティナネス(米国)/6月4日、ハワイ『X-1 Nations Collide』

 ノーコンテスト(無効試合)となっている6月のマイルス戦は、石井がラウンドの終了に気づかず攻撃を続けてしまったための結果で、内容は勝ちに等しかった。海外での試合で、石井は強さを際立たせたと言える。ただ、対戦相手のレベルは高くない。つまり、石井は、「勝って当然」の相手と闘い続ける中で、平常心でリングに立てる状態をつくったのだろう。

 先月、ミノワマンに勝利したことで石井は一歩前進した。もし敗れていたら、また、ふり出しに戻るところだった。だが、ミノワマンは石井よりも19キロも軽く、またヘビー級、ライトヘビー級で世界のトップクラスにランクされる選手ではない。ミノワマン戦の勝利は、あくまでも「一歩前進」である。彼は柔道でも地道に練習して徐々に強くなっていったタイプだ。そのやり方は尊ぶべきだと思う。それでも、石井に何処か物足りなさを感じてしまうのは、そのビッグマウスと実際の歩み方に大きなギャップがあるからだろう。

「K-1のリングでピーター・アーツと闘いたい」
 試合翌日の会見で石井はそう言った。地道な練習で総合格闘技における寝業の技術を磨き、ミノワマンに勝利できた彼が、いまキックボクシングのリングに上がる必要があるのだろうか? テレビ視聴率稼ぎに利用されるだけではないのか?

 その後、10月6日にはこうも言っている。
「ばーさく(桜庭和志)さんと一度やってみたい」
 すでに全盛期の強さをなくした現在の桜庭と闘うことに何の意義があるのか? 実力は下降しているがネームバリューのある選手に勝利することでハクをつけようというのか? その練習姿勢とは異なる石井のブレた発言には理解に苦しむところがある。

 勝ちグセをつけても、それは「勝負強さ」にはつながらない。むしろ石井は、いまこそ巨大な壁に一度、挑んでみるべきではないか。「まだ総合格闘技ではルーキー同然だから……」と言うのであれば、それなりの発言をすればいい。ビッグマウスを貫きたいなら、周囲が「オーッ!」と唸る相手と闘って結果を残すべきだろう。そういうものではないか。

 大晦日に「石井×桜庭戦」は見たくない。アリスター・オーフレイム、ジョシュ・バーネット、エメリヤーエンコ・ヒョードル……世界のトップに志高く、ビッグマウスそのままに敢然と挑んでいく石井の姿が見たい。

----------------------------------------
近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実〜すべては敬愛するエリオのために〜』(文春文庫PLUS)ほか。最新の編著『絶対、足が速くなる!』(日刊スポーツ出版社)が好評発売中。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)
◎バックナンバーはこちらから