野球シーズンもいよいよ大詰めを迎えた。米国のメジャーリーグはプレーオフが既にスタートし、日本でも9日からパ・リーグ、16日からセ・リーグのクライマックスシリーズ(CS)が開幕する。レギュラーシーズンとは異なり、短期決戦ではほんのわずかなミスが命取りとなり、流れが変わってしまうこともしばしばだ。ここで一番問われるのはスキッパー、すなわち指揮官の技量である。動くべきか動かざるべきか――あらゆる局面で正確な決断を下した者がチームを勝利に導くことができる。

 パ・リーグのCSに進出した3チームの指揮官には共通項がある。それはいずれも2軍での指導を経験していることだ。福岡ソフトバンクの秋山幸二は就任2年目でリーグを制し、千葉ロッテの西村徳文は1年目で前年5位のチームを3位に押し上げた。埼玉西武の渡辺久信も1年目の2008年に日本一へ導いている。監督になる前からチーム状態を把握できているため、指揮をとってすぐに必要な手を打てる。それが短期間で結果を残している要因だろう。

 ソフトバンク、“やりくり”のリーグ制覇

 ただ、それぞれのチーム強化のアプローチは少々、異なる。まず秋山の場合は「やりくり」だ。それは決して自ら望んだ方法ではない。監督就任前年(2008年)、ソフトバンクはまさかの最下位に沈んだ。小久保裕紀、松中信彦ら主力のベテランと若手とのバランスがとれず、チームは転換期にさしかかっていた。
「まず主力にケガ人が多い。その分、若手がすごく頑張ってくれたけど、長くやった経験がないので続かない。これではまともには1年戦えなかった……」
 
 選手時代、秋山は通算22年間で10回のリーグ優勝と7回の日本一を経験している。日本一7回のうち6回までは西武時代のものだ。黄金期の西武は本当の意味でのプロ集団だった。1番から9番までやるべきことを知っていた。そうした“大人の野球”を理想としつつも、現在のチームにそうした力はない。
「本当はやりくりしないですむチームが一番いいんです。選手に“わかってる? はい、わかてるね。はい、どうぞ”というのが理想。でも残念ながら、それはできない。結局はやりくりしながら優勝に近づくしかないでしょうね。それはきつい作業だけどやりきるしかない」

 昨季はそうした試行錯誤の中から自慢のリリーフ陣、SBM(摂津正、ブライアン・ファルケンボーグ、馬原孝浩)を構築した。相変わらず主力の故障に泣き、シーズン終盤の失速で3位に終わったものの、再浮上への足がかりは築いた。今季の開幕前、秋山はこう語っていた。
「ここ2、3年、1軍を経験した若手がたくさんいる。この人たちの成長を期待しています。1軍でやっている中で自分に何が足りないのか、何をやるべきか、感じた部分があるのでしょう。練習に取り組む姿勢に“自分はこうしたい、ああしたい”という意識が見えてきた。誰が出てくるかはフタを開けてみないとわからないけど、実際の試合でその成果が出てくればチーム力は上がってくるんじゃないか」

 秋山の描いた青写真は現実となった。投手陣では育成選手出身の山田大樹や、プロ11年間で目立った成績を残せていなかった小椋真介らが先発ローテーションの穴を埋めた。リリーフでも右の甲藤啓介、左の森福允彦がSBMの脇を固め、接戦に強さを発揮した。2点差ゲームで20個の貯金をつくったところにチームのレベルアップが見てとれる。まさに今季のソフトバンクは“やりくり”の勝利だった。

 “寛容力”の西武

 西武の渡辺が大切にしているのは“寛容力”である。自著のタイトルにもなっているこの言葉は彼の指導者としての姿勢を端的に表している。<怒らないから選手は伸びる>。本の副題には、そんなフレーズも添えられている。積極的なプレーで犯したミスには目くじらを立てない。だからこそ、選手たちは失敗を恐れず、生き生きと試合に臨める。

“寛容力”の原点には現役時代の苦い記憶がある。渡辺といえば忘れられないのが近鉄のラルフ・ブライアントに喫した痛恨の一発だ。1989年、西武は近鉄、オリックスと三つ巴の優勝争いを繰り広げていた。10月12日、西武球場での2位・近鉄とのダブルヘッダー第1戦。西武はわずか1ゲーム差ながら首位に立っていた。

 5−5で迎えた8回、渡辺はこの年、初めてリリーフのマウンドに立った。迎えるバッターは近鉄の主砲ブライアント。4回、6回と郭泰源から2打席連続でホームランを放っていた。渡辺は自信を持って内角高めにストレートを投じた。ブライアントの苦手なコースだ。だが、打球は快音を発してライトスタンドへ――。
「ベンチに帰るなり森祇晶監督から“何でフォークを投げないんだ?”とイヤミを言われました。でも、その年のブライアントはフォークもそうだけど真っすぐにも弱かった。決して勝負球が間違っていたわけじゃない。だから、こちらもついカッとなってロッカーにバーンとグラブを投げつけてしまったんです」

 自著の中で渡辺は、その時のことを次のように振り返っている。
<しかし、僕はあの1球とその後の体験から、今、若手の選手が悪い結果を出したときも「なぜ、あそこでこうしないのか」と、結果だけを見て話すことは絶対にしないという考えを持つに至りました>
 今季は岸孝之、中村剛也と投打の主力を長期間欠きながらペナントレースをリードした。代役を務めたのが、“草食系”右腕・平野将光や“左のおかわり君”坂田遼といった若い選手たちだ。最後はソフトバンクに大逆転を喫してしまったが、それでも2位でシーズンを終えられたのは、このチームに若手が芽を出しやすい風土が生まれているからに他ならない。

 “和”のロッテ

 3位に入ったロッテの西村は前任者のスタイルからいかに脱却し、再構築するかがテーマだった。前監督のボビー・バレンタインはチームを日本一に導き、ファンからも愛された。だが、チーム内には“ボビー流”に対する違和感が渦巻いていた。たとえば日替わりオーダー。猛打賞を記録した選手が翌日にはスタメン落ちしたり、打順が大きく入れ替わることは日常茶飯事だった。当然、外された選手は不満が残り、慣れない打順を任された選手はとまどう。
「選手の立場としては1球1球サインが変わって、大変だったと思います。盗塁にしても“ここはストップ”“ここは走ってもいいよ”と1球ごとに指示が変わる。そうすることによって、逆に選手にはプレッシャーがかかってしまったはずです。盗塁なら盗塁、バントならバントと最初に決めておいて、何球かの間で成功してくれればいい。そんな考え方のほうがうまくいく確率は高いのではと思っていました」

 組織というものは機能している時は、どんな方法でもうまくいくが、ひとたび歯車が狂うと内部崩壊してしまう。ボビー政権下でヘッドコーチを務めた西村は、そのことを痛感したはずだ。だからこそチームのスローガンに「和」を掲げたのだろう。「正直、ここ5、6年はコーチとしての仕事はなかなかやらせてもらえなかった」。その思いから監督に昇格すると、外部から西本聖投手兼バッテリーチーフコーチ、金森栄治打撃兼野手チーフコーチを招き、投打の役割分担を行った。

 春先、開幕ダッシュに成功したロッテはチーム打率が3割近かった。打撃好調の要因を訊ねると、西村はこう答えたものだ。
「バッティングに関しては、これはもう金森さんのおかげですよ。キャンプ中からの熱心な指導がここにきて実を結んでいるんだと思います」
 コーチ陣とアイデアを出しながら、指導しやすい環境をつくる。決して派手なタイプではない分、西村はそういった目立たない部分に心を砕いていたように思う。

 役割を明確にしたのは選手に対しても同様だ。オーダーは極力固定し、打線のつながりを重視した。その核になったのがトップバッターの西岡剛だろう。
「西岡が1番に座るのと座らないのでは、相手に対してのプレッシャーが全然違う。昨季、西岡は開幕当初3番を打っていましたが、そこでは西岡自身の持ち味が発揮できない」
 開幕前から指揮官はそう明言していた。そして実際に3月の開幕から144試合、1度も1番から外さなかった。方針をぶらさず使い続けた西村も立派だが、期待に応えた西岡も立派だ。夏場こそ手首のケガに悩まされたとはいえ、打率.346、206安打とリーグトップの成績を残した。3位通過ではあるものの、上位との差は紙一重。キャプテン西岡を中心に「和」の力で戦えば、CSを勝ち抜く力は充分にある。

 “ヒール”落合がセ界統一か

 セ・リーグは落合博満率いる中日が4年ぶりにリーグを制した。勝因は“内弁慶”に徹したことだろう。本拠地のナゴヤドームで51勝17敗1分けと34も勝ち越した。ナゴヤドームはホームランの出にくい球場として知られている。東京ドームが1試合平均3.11本のホームランが飛び交うのに対し、ナゴヤドームでは1.28本(10月1日現在)。強打の巨人、阪神は竜の棲みかでは持ち味を出せず、大きく負け越した。

 落合は球場特性を生かしたチームづくりができていた。打線に頼ることなく、豊富な投手陣でロースコアのゲームを確実にモノにする。リードした終盤にはセットアッパーの高橋聡文、浅尾拓也、クローザーの岩瀬仁紀が仁王立ちした。“オレ流”指揮官が中日にやってきて7年、Bクラスは1度もない。成績だけみれば名将といって差支えないだろう。

 クリーンアップを任されている和田一浩は落合を評して「違うランクの野球があることを教えてくれた人」と語っていた。ミスを犯した人間を容赦なく交代させるなど厳しい面もあるが、その卓越した理論はコーチ陣や選手を引きつけるには充分だ。残念ながらリップサービスをほとんどしないため、メディアの評判は総じて芳しくない。おそらく「わかるヤツさえわかってくれればいい」というスタンスなのだろう。昨今では珍しいヒール系指揮官である。

 CS第2ステージでは巨人、阪神の勝者と激突する。1勝のアドバンテージがある上に、得意のナゴヤドームで試合ができるとなれば、どちらが第1ステージを勝ち上がっても中日優位は動かないだろう。善玉系の巨人・原辰徳、阪神・真弓明信両監督が、いかに“裏技”を使って、ヒールに対抗するかが見ものである。


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【クライマックスシリーズ日程】 ( )内は中継局、時間は試合開始時刻 ※セ・リーグは未定

◇パ・リーグ第1ステージ(J SPORTS Plus
 埼玉西武 × 千葉ロッテ 西武ドーム
第1戦 10月 9日(土) 13時
第2戦 10月10日(日) 13時
第3戦 10月11日(月) 13時

◇パ・リーグ第2ステージ(J SPORTS ESPN
 福岡ソフトバンク × 第1ステージ勝者 ヤフードーム
第1戦 10月14日(木) 18時
第2戦 10月15日(金) 18時
第3戦 10月16日(土) 13時
第4戦 10月17日(日) 13時
第5戦 10月18日(月) 18時
第6戦 10月19日(火) 18時

◇セ・リーグ第1ステージ
 阪神 × 巨人 甲子園 
第1戦 10月16日(土) 14時
第2戦 10月17日(日) 14時 
第3戦 10月18日(月) 18時

◇セ・リーグ第2ステージ(J SPORTS2
 中日 × 第1ステージ勝者 ナゴヤドーム
第1戦 10月20日(水) 18時
第2戦 10月21日(木) 18時
第3戦 10月22日(金) 18時
第4戦 10月23日(土) 18時
第5戦 10月24日(日) 18時
第6戦 10月25日(月) 18時

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