バスッ、バスッ、バンバンバン……。
 チャーリー太田がミット打ちを始めると、鋭い音がジムの練習場に響き渡る。その目は獲物を仕留める狩人のように鋭い。
「本当にチャーリーはパンチが強いよ。ジャブでこれだけ打てるんだから」
 相手を務めた中屋廣隆会長はミットを外しながら、まだ衝撃の残る手をブルブルと振った。
 育成はディフェンスから

 彼が八王子中屋ジムにやってきた当初はここまでのボクサーになるとは思ってもいなかった。
「体つきも今と比べれば緩んでいたし、ボクサーになれたらいいなという程度だったね」
 ただ、実際にボクシングをやらせてみると、身体能力は高かった。中屋会長はトレーナーと相談して、まず徹底的にディフェンスを教えることにした。ボクシングは相手を倒すことが目的の競技ではあるが、ディフェンスができない選手はまず強くなれない。打つことよりも打たせないこと。それは道理に適った育成法である。

 そして、中屋会長たちがディフェンスを優先した理由はもうひとつあった。チャーリーが入門した頃、ジムには雄二・ゴメス(現石川ジム)という米国出身の元日本フェザー級王者がいた。プロデビューから圧倒的な攻撃力を武器に連戦連勝を重ね、プロ5戦目から11戦目まで7連続1RKOの日本新記録も樹立した。だが、ここまで強い外国人ではチャンピオンにでもならない限り、なかなか対戦相手に名乗りを挙げる者が出てこない。マッチメイクは困難を極めた。

 日本で成功するにはまず地味なスタイルから。それがゴメスから得た教訓だった。アマチュアでのチャーリーの戦績は7戦7勝。しかし、KO勝ちは1度もない。あれだけの強打を秘めた男がいかに守りをメインに戦っていたかが分かる。
「もちろん、このままのやり方ではプロでは人気が出ない。途中からは攻撃も教えるようになった。パンチャーのイメージを植えつけちゃうと、ゴメスと同じマッチメイクの弊害が出てくるけど、彼の場合は攻撃と守備でバランスのいい選手に育っている。それでチャンピオンになったから、もうベルトを獲るためには彼と試合をするしかない。マッチメイクはやりやすいよね」

 湯場との再戦なるか!?

 そして、次なる戦いの相手が決まった。1月8日、後楽園ホールで元OPBF東洋太平洋ウェルター級王者の丸元大成(グリーンツダ)の挑戦を受ける。過去38戦で28勝(15KO)をあげている経験豊富なボクサーだ。そして、アンダーカードでは日本スーパーウェルター級王座挑戦者決定戦として9月に激闘を演じた湯場忠志(都城レオスポーツ)が細川貴之(六島)と対戦する。チャーリー、湯場がともに勝てば、再び2人は拳を交えることになる。

「湯場選手は、ウエイトを増やしての挑戦だったから、まだあの試合では体が自分のモノになっていなかった。ウエイトは増えても、その体をコントロールできるようになるには時間がかかります。ボクシングは100分の1秒の世界だから、ちょっとした体の感覚がズレると難しい。それでも12ラウンド、フルに戦えた。次に、もしチャーリーとやる時には、完全に体と間隔を自分のモノにしているはず。その時に、どれだけチャーリーがレベルアップしているかが勝負になる」
 中屋会長はそう語る。本人もリターンマッチについては「やりましょう」と乗り気だ。

 チャーリーには、ボクサーとは別のもうひとつの顔がある。英語の先生だ。自宅のある八王子を中心に 多摩地方の小中学校、英会話教室で教えている。最近はトレーニングの都合でなかなか時間がとれないが、それでも週に3、4回は教壇に立つ。チャンピオンになる前は週6回出かけていた。「アスリートは子供たちのお手本であるべき」との彼なりの信念がそこにはある。英語を教えることは決して片手間の仕事ではないのだ。

「日本人は中学校になってから英語を勉強するけど、もっとその前の段階でベーシックな部分をやったほうがいい」
 日本の英語教育について訊ねると、身振り手振りを交えながら答えた。それはボクシングを語るのと同じくらい熱い口調だった。

 ボクシングで最も大切なもの。それをチャーリーは「discipline」(ディシプリン=規律)と表現する。どんなに忙しくても朝夕のトレーニングや日頃の節制は欠かさない。強くなって相手に勝つためには、自らを律して己に克つことが何より大切――そう彼は考えている。

 憧れはレナード

 世界を目指す上で、そのファイトスタイルに課題がないわけではない。確かにチャーリーのパンチは強力なバズーカ砲のように飛んでくるが、世界タイトルクラスのボクサーはそれをきっちり見切り、かわしてくるだろう。細かいパンチを機関銃のごとくぶっ放し、相手に逃げ場を与えない厳しさも必要になる。
「カウンターの精度にパンチのコンビネーション、ステップワーク、ボディワーク……。まだまだやんなきゃいけないことがいっぱいある。試合のたびに1個1個課題をつくってクリアしていかないと。世界戦をやりたいなら、その前に世界へアピールする試合をしなきゃいけない。本人にも言っているけど、そこが本当の勝負になる」
 
 取材日も中屋会長はチャーリーにノーモーションジャブやストレートの打ち方を丁寧に指導していた。教わっている内容は、とてもOPBFの王者とは思えないほど基本的なものだ。彼へのレッスンが基礎から応用編に入ったとき、どんな強さを見せてくれるのだろうか。

 憧れの存在は子供の頃に一世を風靡したシュガー・レイ・レナードだ。当時、史上初となる5階級制覇を達成した80年代のボクシング界におけるスーパースターである。
 宝石がまばゆい光を放つのは、原石を粘り強く磨き続けた結果に他ならない。「強い相手とやれば、その分だけ自分も大きなステップを踏めると確信している」。チャーリー太田というボクサーも、スターの輝きを身にまとうべく、これからも自らをこれまで以上に磨き上げる。
 
(おわり)

チャーリー太田(ちゃーりー・おおた)プロフィール>
1981年8月24日、米国ニューヨーク州ニューヨーク市出身。本名はCharles Nathaniel Bellamy。米海軍の艦船整備士として来日し、横須賀基地に赴任。シェイプアップを目的に八王子中屋ジムでボクシングを始める。06年に全日本社会人ボクシング選手権大会のウェルター級で優勝。同年、プロデビューを果たす。身長168センチながら長いリーチを生かしたハードパンチを武器に力をつけ、09年7月の「最強後楽園」ではスーパーウェルター級を制覇。大会MVPに輝くとともに、日本王座への挑戦権を得る。今年3月、OPBF東洋太平洋・日本スーパーウェルター級王者の柴田明雄(ワタナベ)に初挑戦すると8RTKO勝ちを収め、両王座を獲得。6月に初防衛を果たし、9月にも日本王座4階級制覇を狙った湯場忠志(都城レオスポーツ)を判定で下して2度目の防衛に成功。世界も狙える位置につけている。戦績は17戦15勝(10KO)1敗1分。

※チャーリー太田、防衛戦決定!

『第486回ダイナミックグローブ/第28回ファイティング・スピリット・シリーズ/第32回チャンピオンカーニバル/Wタイトルマッチ』

【日時】 2011年1月8日(土)
【場所】 後楽園ホール
【主な対戦カード】
*日本ライト級タイトルマッチ
 王者 荒川仁人(八王子中屋) VS 日本同級4位 中森宏(平仲)
*東洋太平洋&日本スーパーウェルター級タイトルマッチ
 王者 チャーリー太田(八王子中屋) VS 東洋太平洋同級4位/日本同級1位 丸元大成(グリーンツダ)
*次期日本スーパーウェルター級王座挑戦者決定戦
 日本同級3位 湯場忠志(都城レオスポーツ) VS 日本同級4位 細川貴之(六島)
>>詳しくは八王子中屋ジムの公式サイトへ

(石田洋之) 
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