今月よりNPO法人STANDの副代表・伊藤数子さんの連載コラム「障害者スポーツの現場から」がスタートします。現在、日本では障害者スポーツというと4年に一度のパラリンピック以外はあまり認知されていないのが実状です。しかし、日本国内はもちろん、世界各国で障害者スポーツの大会やイベントは数多く行なわれています。そこで、さまざまな大会やイベントの現場に足を運ぶ伊藤さんならではの視点で、障害者スポーツを紹介。競技そのものの魅力や選手の声、そして障害者スポーツが抱える課題などについて詳しくお伝えしていきます。
 皆さん、はじめまして。NPO法人STANDの伊藤です。私たちは障害者スポーツのスポーツとしての魅力を伝えたいと、コミュニティサイト「アスリート・ビレッジ」やインターネットライブ中継「モバチュウ」を運営しています。また、今年3月より二宮清純氏の協力のもと、障害者スポーツサイト「挑戦者たち」をスタートさせました。メインコーナー「二宮清純の視点」では毎回さまざまなゲストを迎え、障害者スポーツの現状や、競技としての魅力などが語られています。

 日本では障害者スポーツは福祉やリハビリの一環として見られがちですが、決してそれだけではありません。野球なら野球、サッカーならサッカーの魅力があるように、障害者スポーツにもスポーツとしての魅力がたくさんあります。このコーナーではそれを読者の皆さんにお伝えできればと思っています。

 さて、今回取り上げるのはブラインドテニスです。これは視覚障害者が行なうテニスのこと。目が見えなくても空中に浮いているボール、つまり3次元の球技をやりたいと考えた武井実良さんが高校時代に発案したもので、数少ない日本発祥の競技です。コートの大きさやラケットの長さなどは違うものの、ルールはほぼ一般のテニスと同じ。車いすテニスは2バウンドまでOKですが、ブラインドテニスでは全盲クラスのB1は3バウンド以内、弱視クラスのB2、B3は2バウンド以内となっています。

 ブラインドテニスの最も特徴的なものといえば、ボールです。スポンジでできた直径90mmのボールの中には金属球が入った盲人卓球用のボールが入っており、その金属が卓球の球に当たる音を聞き分けて、選手たちはボールの位置を把握します。でも、想像してみてください。いくら音が鳴るとはいえ、その大まかな方向はわかっても、バウンドしているボールを的確にとらえることなど、とても容易にできることではありません。それを選手たちはまるで見えているかのように瞬時に聞き分け、縦横無尽にボールを追いかけてはネットの向こうへと打っていくのです。初めて見た人は誰もが皆、驚くのも当然です。
(写真:左がブラインドテニス用のボール。外側はスポンジのためバウンドが小さく、リターンが難しい)

 ハイレベルな技の磨き合い

 創始者である武井さんはブラインドテニス協会の会長でありながら、自身が現役選手でもあります。そして年に1度、埼玉県国立障害者リハビリテーションセンターで開催されている「日本ブラインドテニス大会」では、昨年まで6連覇しており、まさに向かうところ敵なし。今年は10月24日に行なわれたのですが、もちろん武井さんは優勝候補の筆頭でした。ところが、今大会では大どんでん返しが起きました。優勝したのはなんと準決勝も初進出という大野博文さんだったのです。大野さんはセンターやワイドに打ち分けられたサーブや、深く、ネットぎりぎりの低い弾道のショットを次々と決め、さすがの武井さんもこの多彩な技に対応しきれませんでした。

 ブラインドテニスはできたばかりの頃は、打ち返すことが難しく、サーブさえ入れば勝つことができました。しかし、今は違います。トップレベルの試合では各々が磨いてきた技の出し合いが行なわれているのです。その一つにボールの音を消すという技があります。選手はボールの中に入っている金属球の音によって打球の行方やバウンドの高さなどを判断しています。しかし、実はバウンドしている時だけではなく、打球が空中の時にも音が聞こえているのだそうです。ですから、トップ選手であれば、バウンドする前からボールを追いかけているのです。

(写真:低い姿勢から回転をかけるなど高度な技が繰り出される<写真提供:日本ブラインドテニス連盟>) そこで編み出されたのがボールの音を消すという技。彼らに言わせれば、一般のテニスのようにボールに回転をかけることによって、空中での金属球の音が消えるのだそうです。もちろん、単に回転をかければいいというわけではありません。回転の速度や打つ強さなど、何度も練習して習得した高度な技術です。今大会でも武井さんが「音を聞き失って、一歩が遅れた」という感想をもらしています。おそらく、大野さんが回転をかけたことによって、空中での音が消えていたのです。ブラインドテニスでは、こんなふうな技の掛け合いがなされているわけです。これぞ、まさにスポーツの醍醐味ですよね。

 初優勝した大野選手はもともとテニスが大好きで、アンドレ・アガシやシュテフィ・グラフのプレーに魅了されていたそうです。自分でもやりたいとは思っていたものの、「見えないからできない」と諦めていたところへ、ブラインドテニスの存在を知ったのが7年前。大野さんは「ブラインドテニスに出合って、その日のうちにのめりこんでしまった。今ではテニス中心の生活をしている」というのです。彼の話を聞いて、私は改めてブラインドテニスを多くの人に知ってもらいたいと思いました。

 パラリンピック採用への道

 実は当日、私たちは新たな試みをしました。障害者スポーツの普及に積極的に活動しているNECと協働で、試合の模様をインターネットライブ中継「モバチュウ」で国内はもちろん、世界に配信したのです。NECでは社会貢献室という部門があり、車いすテニスなどのサポートを続けてこられています。ブラインドテニスにも海外普及に向けてのサポートを行なってこられているということで、その一環として私たちが運営している「モバチュウ」で世界へ発信しようということになったわけです。当日のアクセス数は目標の5000を超える約6000を記録しました。予想以上のアクセスにスタッフ一同、大喜び。いろいろと反省点はあったものの、少しでも多くの人にブラインドテニスの面白さが伝わっていることを願うばかりです。

 ブラインドテニス連盟は2020年のパラリンピックへの採用を目指しています。そのためにはいろいろな条件をクリアしなければいけないわけですが、急務とされているのは、やはりブラインドテニスという競技の認知拡大。これによって国内外での競技人口を増やし、ひいては多くの人に見たいと思ってもらえるようにしなければいけません。日本ブラインドテニス連盟の松居綾子事務局長は海外での普及活動を積極的に行なっていますが、まだ十カ国弱。国内の競技人口も思うようには伸びていません。

 今後は日本障害者スポーツ協会をはじめ、日本パラリンピック委員会や日本テニス連盟などの協力を得て、普及活動が展開されることが理想でしょう。そのためにも今現在、最も大きな大会として毎年開催している日本ブラインドテニス大会自体が広く認知されること。大会自体も「見てみたい」と思えるような魅力ある大会へとステップアップしていかなければいけません。その一役を担えるように「モバチュウ」も更に工夫を加えて「もっと見たい」中継にしていかなければ、と感じています。

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
新潟県出身。NPO法人STAND副代表理事。1991年に車椅子陸上を観戦したことがきっかけとなり、障害者スポーツに携わるようになる。現在は国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション活動」を行なっている。その一環として障害者スポーツ事業を展開。コミュニティサイト「アスリート・ビレッジ」やインターネットライブ中継「モバチュウ」を運営している。今年3月より障害者スポーツサイト「挑戦者たち」を開設。障害者スポーツのスポーツとしての魅力を伝えることを目指している。


【当コーナーでブラインドテニスの創始者として紹介いたしました武井実良さんが16日17時17分ごろ、JR山手線目白駅でホームから転落。同線外回り電車にひかれ、全身を強く打って亡くなられました。編集長・二宮清純およびスタッフ一同、心より武井さんのご冥福をお祈り申し上げます。】