“スポーツの秋”ということで、国内外ではさまざまなスポーツの大会やイベントが行なわれていますね。中国・広州で開催されているアジア競技大会では、日本人選手の活躍が連日のように報道されています。来月には同会場でアジアパラ競技大会が行なわれるわけですが、その代表にも選ばれている選手たちが日本一の座をかけて今月7日に講道館で行なわれたのが、全日本視覚障害者柔道大会です。アトランタ、シドニー、アテネとパラリンピックで3連覇し、北京では銀メダルを獲得した66キロ級の藤本聰選手を始め、大会には全国からトップ選手が集結し、熱戦が繰り広げられました。
(写真:美しさと迫力を兼ね備えた技に、会場がどよめきだつことも……)
 視覚障害者柔道は必ず組んだ状態から始めるという点以外は、一般の柔道とルールは全く同じです。ですから、もちろんクラス分けのカテゴリーは体重ということになります。障害者スポーツでは障害の重度によってクラス分けがされていますが、唯一視覚障害者柔道だけは関係なく行なわれています。つまり、全盲の選手も弱視の選手も、そして視覚と聴覚の両方に障害がある選手も、同じ土俵で戦うのです。これが視覚障害者柔道の特徴でもあります。

 今回、私は初めて視覚障害者柔道を生観戦したのですが、みるみるうちにこの競技の魅力に引き込まれてしまいました。まず感じたのは、組んだ状態で始めるその姿が柔道に対して真摯的であり、非常に美しいということです。一般の柔道では、相手に組ませないようにと、離れた状態での攻防戦が繰り広げられますが、視覚障害者柔道では堂々と相手に組ませ、同じ条件の下で試合が始まります。これが、何とも見ていて惚れ惚れとしてしまうのです。

 組んだ状態で試合が始まりますから、どんどん技がかけられていきます。ですから、選手は一瞬たりとも気を抜くことはできないのです。そして、観ている側も息つく暇などありません。なぜなら「はじめ!」の合図から、わずか数秒で「一本!」ということも少なくないからです。この「一本!」という声が会場に響きわたるあの瞬間は、何とも言葉に言い表わせないほどの快感を味わうことができます。勝った選手の喜びと興奮、そして負けた選手にも清々しさが感じられました。

「視覚障害者柔道の特徴の一つは一本で決まる試合が多いこと」とは特定非営利活動法人日本視覚障害者柔道連盟専務理事の柿谷清氏の言葉です。今大会でも初戦から判定での勝利はほとんど見られませんでした。がっちりと組んで、技のかけ合いが繰り広げられ、一本で勝負を決める。それが当たり前である視覚障害者柔道に対して、「これぞ、真の柔道のあるべき姿だ」と感じる人も少なくないようです。

 健常者とともに切磋琢磨

 さて、視覚障害者柔道の環境はというと、他の障害者スポーツと比べ、非常に恵まれています。というのも、一般の健常者と一緒になって練習することができるからです。例えば、車いすテニスや車椅子バスケットボールなどは、普段はなかなか出合うことはできません。大会のほか、特別に用意された体験会や講習会に参加しなければ、障害者が競技に触れるチャンスはないに等しいと言えます。ところが、視覚障害者柔道は一般の道場で行なうことができますから、日常生活の中のひとつとして始めることができるのです。だからなのでしょう。技のレベルも決して一般の柔道には劣っていないのです。何せ普段の相手は健常者なわけですから、自然と技も磨かれていくのだと思います。

 これはあくまでも想像ですが、一般の柔道も一昔前までは「始め!」の合図とともに、相手と組むことから始められていました。ですから、視覚障害者も健常者と一緒に練習することができたのでしょう。現在のように、“組まない柔道”であったとしたら、一般の道場では受け入れてはもらえなかったかもしれませんね。

(写真:相手の動きを感じ取りながら、技のかけ合いが行なわれいてる)
 では、目が不自由なのに、選手たちはどうやって相手の動きを見て、技をかけたり、かわしたりしているのでしょうか。目が見える私たちにとっては非常に不思議ですよね。実は選手たちは細かい相手の体の動きを察知して、技のかけ合いをしているのです。例えば、大外刈りをかけようとした場合、左足は着いたまま、右足を振り上げることになります。右足を振り上げるためには、左足に重心をかけるわけですが、その時ほんの一瞬、左足が沈み込むような感じになります。また、必ず手や肩、腰など、体のどこかに一瞬、力が入るのだそうです。それを選手たちは感じ取っているのです。

 私たちは目が見えるために、どうしても視覚の部分に頼ってしまいがちなのですが、視覚障害者はそれができないため、ちょっとした動きや空気の流れなどに非常に敏感なのです。ですから、選手たちは技をしかける前の一瞬の動作を体で察知して、相手が次にどんな技をしようとしているのか、ということを予知しているのだそうです。もう、聞いているだけですごいですよね!

 生中継で認知拡大へ

 こうした魅力たっぷりの視覚障害者柔道を少しでも多くの人に見てもらいたいと、私たちNPO法人STANDでは三井住友海上きらめき生命保険株式会社と協働の下、今大会の模様をインターネットライブ中継「モバチュウ」で配信しました。きらめき生命は障害者スポーツへの支援に力を入れている企業の一つです。2006年からは全面的にこの大会を支援しており、さらにはパラリンピックを目指している米田真由美選手と田中亜弧選手を社員として雇用しているのです。両選手ともに14時までは一般社員と同様に仕事をし、その後はそれぞれが通う道場に行って練習を行なっているそうです。同社ではなぜ14時まで働いてもらっているのかといえば、選手たちの将来を考えているのです。少しでも保険という仕事に携わり、また会社の人たちとコミュニケーションをとって人間関係を築くことで、現役を引退した際にスムーズに働くことができるようにというわけです。

 今回の中継に対しても快く賛同していただきました。おかげで主催者側からも承諾を得ることができ、初めてのライブ中継を実施することができたのです。当日の中継はというと、視覚障害者柔道の面白さを存分に映し出すことができたと自負しています。実況アナウンサーもきれいに技が決まると、「○○選手、一本勝ちです!」と思わず声のトーンが上がるほど、興奮されていました。そのため臨場感にあふれ、画面からも視覚障害者柔道の魅力とともに、会場の雰囲気が十分に伝わったと確信しています。

 12月3〜5日には国内最高峰の車いすテニス大会「第20回NEC全日本選抜車いすテニス選手権大会」(日本選手権)が千葉県・財団法人吉田記念テニス研修センターで開催されます。同大会には北京パラリンピック金メダリストで、2007年以降、世界ランキング1位の座を守り続けている国枝慎吾選手も出場する予定です。「モバチュウ」では昨年に続き、5日の決勝戦の模様を生中継します。順当にいけば、国枝選手がファイナリストの一人になることでしょう。そうなれば、世界のテニスファンを魅了する国枝選手の華麗なプレーを観ることができますので、どうぞお楽しみに!

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
新潟県出身。障害者スポーツをスポーツとして捉えるサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND副代表理事。1991年に車椅子陸上を観戦したことがきっかけとなり、障害者スポーツに携わるようになる。現在は国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション活動」を行なっている。その一環として障害者スポーツ事業を展開。コミュニティサイト「アスリート・ビレッジ」やインターネットライブ中継「モバチュウ」を運営している。今年3月より障害者スポーツサイト「挑戦者たち」を開設。障害者スポーツのスポーツとしての魅力を伝えることを目指している。