最多勝、最優秀防御率、最多奪三振。
 セ・リーグ投手部門における3つのタイトルを独占したのが広島カープの若きエース前田健太である。
 通称マエケン。昨季まではカープの先発ピッチャーの一人に過ぎなかった男が今季は球界を代表するスターターに成長した。
 急激な成長の最大の理由――それは決してブレることのない野球観とそれを支える信念だ。
 プロ野球はタテ社会である。選手にとって監督やコーチは上司にあたる。それが証拠に監督やコーチが選手を批判しても何のお咎めもないが、逆の場合は“首脳陣批判”としてペナルティを科せられる。

 春のキャンプでマエケンは周囲から投げ込み不足を指摘された。強制されたわけではないが、70〜80球程度で切り上げてブルペンを去ろうとすると、担当コーチは「もう終わりか?」と不満の表情を浮かべた。
 一昨年、昨年と先発ローテーションの一角を占めたとはいえ、プロのキャリアは4年に満たない。

「じゃあ、もう少し投げましょうか」
 こうでも言って、上司の顔色を窺っておいた方が無難である。
 しかし、マエケンは違った。
「僕はこの程度でいいんです」
 自らのやり方を曲げないのだ。

<この原稿は「ビッグトゥモロー」2010年12月号に掲載されました>
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