サッカーは怖い。あらためて痛感させられたナビスコ杯決勝だった。
 前半の試合内容は、はっきりいってかなり低調だった。無理もない。広島は勝ったことがない。磐田は久しく勝っていない。どちらのチームも、このタイトルに並々ならぬ思いを抱いており、それゆえ、どちらのチームも極端にリスクを恐れた。結果が、単調な縦パスの応酬だった。
 だが、ほぼ間違いなくロースコアな争いになるはずだった試合は、終わってみれば両チームあわせて8ゴールという、おそらくは両軍監督にとっても完全な想定外だったはずの大乱戦となった。流れを劇的に変えたのは、後半3分に生まれた広島の2点目ではなかったか。
 カップ戦の決勝ともなれば、先制点の重みは大変なものがある。広島は、先制点を許していた。大変な重荷を背負わされていた。にもかかわらず、前半終了間際に彼らは追いつくことができた。先制点を奪われたショックが強烈だった分、同点劇によってもたらされた安堵もまた大きかったはずである。

 後半のキックオフを迎えた際の広島はどんな精神状態にあったのかを想像してみる。おそらく、安堵はまだ残っている。それが危険なことだという自覚もあっただろう。本来のワイドな攻めがほとんどできなかった反省も残っている。運良く追いついたものの、相当に難しい試合になることもわかっている。つまり、彼らはある種の「覚悟」をもって後半を迎えたのではないか。
 ところが、後半始まってすぐ、広島は望外の2点目を奪った。そう簡単には奪えまいと覚悟していたゴールをいとも簡単に奪ってしまった。広島にとっては嬉しい誤算だったはずだが、結果的に、これが本当の誤算につながってしまったのだ。カップの縁に手をかけた気分になってしまった広島の選手たちは、自分達のサッカーを放棄し、リードを守りきるサッカーに方向転換してしまったからである。

 攻撃力では広島が上だというのは、磐田の柳下監督も認めていたことである。だが、後半3分にタイトルに手をかけるゴールを奪ったことで、残り42分間、広島はほぼ攻撃を放棄してしまった。自分たちのストロング・ポイントを捨て、相手の攻撃を呼び込んでしまった。勝ったことのないチームにとって、目の前にぶら下がったタイトルの魅力は、あまりにも大きかったということなのだろう。そして、2点目がなければなかったかもしれない磐田の猛攻を受け続けた末、彼らは力尽きた。
 奪ったゴールが、広島にとっては毒となったのである。

<この原稿は10年11月4日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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