「ライパチ」と言えば「ライトで8番」だ。
かつて少年野球では一番、下手クソな選手の定位置とされていた。
しかし近年、この野球用語は「死語」になりつつあるようだ。
「イチローの影響ですよ」
そう語ったのは同世代の旧知の少年野球監督だ。
「子供たちに“どこを守りたいか?”と聞くと“ライト”って答える子が増えているんです。“なぜだ?”って聞くと“レーザービームを見せられるから”って。
時代も変わりましたね。長嶋茂雄さんに憧れた私たちの少年時代はグローブを買うと猫も杓子もサードに駆け寄ったものですが……」
となると、下手クソに残された居場所は、いよいよ「8番」だけか。
だが、これも誤った固定観念と化しつつあると見るべきなのだろう。
そのヒントをくれたのが、今季限りでユニホームを脱いだ元タイガースの矢野燿大だ。
矢野はキャッチャーというポジション柄、8番を打つことが少なくなかったが、この打順を「一番、思い切ったことができる打順」と肯定的にとらえていた。
「次のバッターは投手なので相手バッテリーは“最悪、四球でもいいや”というリードをしてくる。
とりわけ若いピッチャーはベンチの指示どおりに投げることが多いので、こちらは意図を読みやすい。好きか嫌いかというと好きな打順でしたね」
矢野の現役20年間の通算打率は2割7分4厘。“打てるキャッチャー”の告白だけに説得力がある。
8番重要論を唱える代表的な論者に古田敦也がいる。
矢野との対談(『古田の様』金子達仁著)では「おいしい打順」と本音を口にしている。
<たとえばだけど、ランナーがいるとするじゃないですか。基本8番バッター勝負だけど、最悪歩かせてもいいよってキャッチャーは思ってたりする。
だから、カウントが悪くなっても、ストライクになりにくい球を要求するんですよ。0−2になってからカーブとかスライダーとか。下手するとフォークとか。ボールになって0−3になったらフォアボールでいいやって考える。
でもね、ピッチャーには意外にそれが伝わってなくて、1−2にするためのストライクを投げてしまうのよね。それを狙ってよく打たせてもらいました。>
プロ入り2年目、古田は打率3割4分で首位打者を獲得する。打順は主に8番だった。その時の経験が、こう語らせるのだろう。
<逆に絶対に勝負して来ないなってときは、フォークボールが多くなる。そういうのは全部見逃す。どうせフォークでしょ、振ってくれたら儲けものってフォークでしょってのがわかってるから、すごくフォアボールもとりやすかった。
だから、次のシーズン3番を打たされたときは難しかったですよ。8番とは逆で、後ろにいるのが4番だから、キャッチャーからすると基本勝負でくる。
で、勝負されるとどの球種が来るかわかんないんですよ。1−3からど真ん中の真っすぐがズドンと来たりとか。
「そこで真っすぐはないやろ」と思うんだけどね(笑)>
矢野や古田の論理に従えば、8番バッターに求められる能力は、バッティング技術よりも、むしろ頭である。
セ・リーグの場合、基本的に9番バッターはピッチャー。つまり最弱の打者が自らの後には控えているのだ。
ピンチの場合、アウトカウントにもよるが当然、ピッチャーは8番打者よりも9番打者と勝負したい。その方が打たれる確率は低い。
しかし、2死の場合など、8番打者を打ち取って、そのイニングを締めれば、次のイニング、9番打者からスタートすることができる。
簡単にワンアウトが計算できるわけだから、バッテリーにとって、これほどおいしい話はあるまい。
そうした相手バッテリーの思惑や相手ベンチの指示を読みながら8番打者は打席に立つ。キャッチャーが8番打者に向いているのは「頭脳労働者だから」というのが正解だろう。
また、そうした視点で野球を観れば、新しい発見に遭遇することができるかもしれない。
あの知将・野村克也は「野球を知れば知るほど難しく、そしておもしろくなる」と語っていた。
そういえば矢野も古田も野村の教え子である。
<この原稿は2010年12月24日号『週刊漫画ゴラク』に掲載されたものです>
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