シーズンオフの現在、国内外で各球団の補強合戦が繰り広げられています。日本プロ野球界で最も注目されているのは、ポスティングシステムによって、プロ野球からメジャーに移籍する選手の動向でしょう。先日、西岡剛がツインズと正式に契約したことを発表しました。日本人野手としては最年少の26歳でのメジャー挑戦ということもあり、来シーズン以降、注目したいですね。
 本来であれば、真っ先にメジャー移籍を発表するはずだったのは岩隈久志でした。ところが、落札したアスレチックスとの契約は合意にいたらず、結果的には東北楽天に残留することとなりました。もちろん、日本のプロ野球ファンにとっては、来シーズンも岩隈の勇姿が見られることは喜ばしいことです。とはいえ、落札された後の破談というのは、本人にとってはあまりにも残酷な結果と言わざるを得ません。

 私見を述べさせてもらえば、このニュースを耳にした時、正直、ポスティングシステムのいたいところをつかれたなぁ、と感じました。2000年オフのイチロー(マリナーズ)から始まり、06年オフには松坂大輔(レッドソックス)、井川慶(ヤンキース)、岩村明憲(楽天)と3人もの選手がポスティングを利用してメジャー移籍を決めました。日本の選手がメジャーのスカウトからも注目され、認められるようになってきた何よりの証ですから、日本人としては非常に嬉しいことですよね。しかし、入札金額が高騰し、マネーゲームのようになりつつあったことも否めません。

 もともと選手を獲得するのに、選手自身にではなく、古巣の球団に大金を払わなければならないという慣習は、野球界には馴染みがありません。サッカー界では移籍金が発生するのは常識とされているわけですが、野球界でこのようなシステムを採用しているのは、日本くらいのものです。それでもこれまではメジャー球団も先行投資と考えてくれていましたので、このシステムが受け入れられていました。しかし、ポスティングで獲得した選手が期待通りの活躍をしているかというと、周知の通り、そうとは言い切れません。こうなると、日本人選手の評価は下がり、大金を払ってまで獲得しようとはしなくなるのは当然です。

 報道を見た限りでは、途中からアスレチックスが交渉の席につかず、合意しようという気持ちの薄さを感じたりもしました。落札しても合意にいたらなければ契約はしなくてもいい、という今のシステムの問題が浮き彫りになったかたちとなりました。一部の報道で言われているように、今後は契約する意思がなくとも、他球団行きを阻止するためのツールとして使われるケースも出てくるでしょう。つまり、第2、第3の岩隈選手が出てくる可能性もあるということ。ポスティングシステム自体を見直すべき時がきているのかもしれませんね。

 今回、岩隈選手の代理人を務めた団野村氏は記者会見で、契約が合意にいたらなかった場合には違約金が発生する、といった改革案を述べていました。岩隈選手のような選手を出さないためには、確かにこうした規定が必要でしょう。しかし、これはあくまでも日本側の主張に過ぎません。メジャー側にとって今以上にリスクが高くなれば、入札しよういう球団はなくなってしまう恐れもあります。そうなってしまえば、元も子もありません。

 今こそ、思い出して欲しいのはたった一人で海を渡った野茂英雄です。彼は日本球界であれだけ活躍していたにもかかわらず、まずはマイナー契約でした。自分の実力を認めさせるところからスタートしたのです。考えてみれば、当然のことですよね。いくら日本で活躍しても、メジャーでは何の実績もないのですから。そして野茂は年俸には全くこだわっていませんでした。とにかく「メジャーで野球をやりたい」。そんな純粋な気持ちだけだったのです。

 現在は日本球界で地位を確立させ、好条件でメジャーへ移籍する、という傾向になりつつあります。日本はWBCで2度も世界一になっているのですから、プライドをもつことは悪いことではありません。しかし、メジャーという世界では常に厳しい競争の中で選手たちは戦っているのです。結果が出なければ、シーズン途中での解雇などは珍しくありません。そして、そういう厳しさがあるからこそ、選手たちのモチベーションは保たれているとも言えます。競争に勝つ喜び。これこそがメジャーの醍醐味なのです。ですから、ポスティングのようなシステムは長くは続かないのではないかと思います。

 こう考えると、私はポスティングシステムの改革よりも、FA権の取得年数の短縮を図るべきではないかと思っています。現在は国内は8年、海外は9年となっていますが、これをメジャー同様、6年に短縮するのです。その代わり、取得条件を厳しくします。現在は一軍登録をされた累計で年数が換算されていますが、それをピッチャーなら登板数、バッターなら打席数で換算するのです。そうすれば、本当に実力のある選手だけが取得できるものになり、価値が上がります。

 それでは優秀な選手がさらにメジャーに流出するのでは、という意見もあるでしょう。だったら、日本も外国人選手にもっと門戸を広く開ければいいのです。メジャーが名実共に世界ナンバーワンでいられるのは、そもそも米国内だけにとどまらず、それこそ日本人選手のような外国人選手を受け入れ、競争させているからです。日本も外国人枠を広げることが必要です。そうすれば、プロ野球界がさらに活性化し、日本の野球がレベルアップするはずです。

佐野 慈紀(さの・しげき) プロフィール
1968年4月30日、愛媛県出身。松山商−近大呉工学部を経て90年、ドラフト3位で近鉄に入団。その後、中日−エルマイラ・パイオニアーズ(米独立)−ロサンジェルス・ドジャース−メキシコシティ(メキシカンリーグ)−エルマイラ・パイオニアーズ−オリックス・ブルーウェーブと、現役13年間で6球団を渡り歩いた。主にセットアッパーとして活躍、通算353試合に登板、41勝31敗21S、防御率3.80。現在は野球解説者。
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