第168回 ゴルフクラブが連れてきてくれた“幸せ”

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 見事に折れました。ゴルフクラブ、ドライバーです。

 何故折れたかは、所説あります。どうしてなのか、わかりません。

 わたくし、道具を大切にします。プレー中もプレー後も、クラブもボールもきれいにしています。帰宅後、シューズもメンテしています。

 

 折れたドライバーは、10年くらい前のモデルです。ゴルフを再開するにあたり、道具を揃えなければなりませんでした。お値段と相談の上、リーズナブルなものを購入しました。しばらくして、どうやら私の道具は古いようだと気がつきます。

 

 しかし、そんなことはものともせず、「型は古いが~ しけには強いっ!(鳥羽一郎さんの兄弟船の一節)」と歌いながら、ぶんぶん振り回しておりました。

 

“腕も上がらないのに、道具をなんとかするなんて、100年早い!”という自分もいる一方で、“ドライバーはそろそろ(買い替え時)かな~?”と感じていた矢先の出来事でした。わたしのそんな不埒な思いがもしかして伝わっていたなら、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

 ぐずぐずとしている私の背中を押してくれたんだ、と気がついたのは、クラブが折れた翌日、床に横たわった姿を見た時です。“お疲れさま。ありがとね”という気持ちが心の底から湧いてきました。

 

 そして、新品を購入。生まれて初めての新品クラブです。もう気持ちは、すっかりこちらに移り、わくわくがとまりません。

 

 通っている練習場で、意外なことが起きました。練習仲間の方から次々と声をかけられたのです。

「あら、クラブ変えたの?」

「これって、新品?」

「かわいい」

「いいわね~」

「新しいクラブから気をもらってね」

「上達は? したの?」

 

 あれっ? これまでよりも、グンと距離が縮んだ感覚です。会話が一気に弾みました。これまで挨拶程度だったみなさんと、こんなにお話をするとは……。そして、これがとても楽しいと感じたのです。

 

 翌週の練習場――。

「わたし、3ラウンド回ったわよ。沖縄。死に物狂いだったわよ」

「伊藤さん、まだ150球? だめだめ~、少ないよ~。私は350球よ」

 そして練習後、初めて立ち話をしました。それが楽しくてたまりませんでした。私にとって、意外な感覚でした。

 

 スポーツには3つの幸せホルモンが出ると言われています。オキシトシン、ドーパミン、セロトニンです。そのうちのオキシトシンは、つながる幸福感。信頼関係を深めることで分泌が増えるそうです。スポーツを通して築いた人とのつながりや絆に幸福感を得るのです。

 

 あ~、こういうこと? これまで縁もゆかりもない人、出自や経歴も、名前さえよく知らない人が、幸せを感じさせてくれるなんて思いもしませんでした。

 

 折れたクラブと、そのお陰で手に入れた新しいクラブは、スポーツで得られるホルモン・オキシトシンを、私に獲得させてくれたのでした。

 

 

 

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>

新潟県出身。パラスポーツサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。STANDでは国や地域、年齢、性別、障がい、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション事業」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。2010年3月よりパラスポーツサイト「挑戦者たち」を開設。また、全国各地でパラスポーツ体験会を開催。2015年には「ボランティアアカデミー」を開講した。2024年、リーフラス株式会社社外取締役に就任。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ~パラリンピックを目指すアスリートたち~』(廣済堂出版)がある。

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