「卓球王国・中国との差」<前編>
二宮清純: 今回はロンドン五輪卓球女子団体銀メダリストの平野早矢香さんをゲストに迎え、この夏に行われたパリ五輪での卓球日本代表を中心にお話を伺いたいと思います。
平野早矢香: どうぞ、よろしくお願いいたします。
二宮: パリ大会で日本は、女子団体が銀、同シングルスの早田ひな選手が銅メダルを獲得しました。前回の東京大会が金1、銀1、銅2の計4個でしたから、金メダル数、総数ともに減少しています。
平野: 東京大会で金メダルを獲得した混合ダブルスは、早田選手&張本智和選手のペアが第2シードを確保したにも関わらず、1回戦敗退に終わりました。これは想定外でしたが、1回戦では一番不気味な北朝鮮でしたからね。ただ男女シングルスと同団体の4種目に関してはシード通りの結果になった。これは妥当と言っていいかもしれません。
二宮: 女子団体の銀と同シングルスの銅も?
平野: はい。女子団体は第2シード、同シングルスの早田ひな選手は出場選手の中で3番目の世界ランキングでしたので、ランキング通りの結果と言えます。ロンドン五輪で初のメダル(女子団体銀)を獲得して以降、大会ごとに獲得メダル数が増えていた中、パリ大会は総数で東京から2つ減らしてしまったのは残念でした。
二宮: パリ大会で日本のエースとして女子シングルスで銅メダルを獲得した早田選手。準決勝から左腕にサポーターを巻き、満身創痍の中で自身初の五輪表彰台に上がりました。シングルスの準々決勝の卞松京選手(北朝鮮)戦でケガをしたと報じられました。
平野: 準々決勝はフルゲームまでもつれた試合でした。私も現地で試合を見ていましたが、その時はケガに気付きませんでした。ただ準決勝の試合前、ほとんど練習をできていなかったので、“何かおかしいな”とは思っていたのですが……。
二宮: 痛み止めを打って臨んだ準決勝で、早田選手は世界ランキング1位の孫穎莎選手(中国)にストレート負け。圧倒的な強さでした。
平野: 私も現役時代から、いろいろな中国のトップ選手を見てきましたが、孫選手の強さは異質です。例えばパワーや打球の回転がすごかったり、様々なタイプがいますが、中国のトップ選手に共通するのは大事なところでミスをしないこと。それが中国の一番の強さと言っていいでしょう。ただ孫選手は大事な局面で、ミスを恐れず思い切ったプレーをする。それこそ相手がアッと驚くような大胆な攻撃を仕掛けてくるんです。
二宮: 勝負勘があるということでしょうね。
平野: そうですね。日本と戦った団体決勝が、まさに真骨頂でした。第2試合のシングルスで、平野美宇選手と対戦した際、第1ゲームは7-1と平野選手が大量リードしました。そこから孫選手が追い上げたものの、10-9と平野選手が先にゲームポイントを迎えました。ここで孫選手が鋭いチキータ(強い回転をかけるバックハンドの台上プレー)一発で打ち抜いた。それを見た時、“ここでこんなに強く打ってくるか”と私は唸りました。あの場面でチキータを選択すること自体は珍しくはないんです。ただ彼女の場合、フルスイングに近い。思わず平野選手も唖然とするような一撃でした。第1ゲームを落とした平野選手はストレート負け。このように、ミスが怖い場面でも強気に打てるのが孫選手の特長ですね。
二宮: 中国においても異質なんですね。
平野: はい。女子の中国選手は基本に忠実で、正確なプレーが持ち味です。孫選手はセオリー通りではなく、力でねじ伏せるような打ち方をしてくることがあります。
二宮: ところで中国は日本対策として同じようなタイプの選手と練習すると聞きました。例えば日本女子のエース早田選手対策として、強打の左打ち選手、つまり“仮想・早田”を立てて練習する、と。
平野: ただパリ大会のメンバーは3人とも右利きの選手でした。昔は必ずチームに1人は左利きの選手がいました。2016年リオデジャネイロ大会2冠(団体&女子シングルス)の丁寧選手(12年ロンドン団体金&女子シングルス銀)、00年シドニー大会2冠(女子シングルス&女子ダブルス)の王楠選手(04年アテネ女子ダブルス金、08年北京団体金&女子シングルス銀)、08年北京大会銅で、団体では五輪2連覇(08年北京、12年ロンドン)に貢献した郭躍選手(04年アテネ女子ダブルス銅、08年北京女子シングルス銅))……。東京そして今回とオリンピックが3人、世界選手権が5人選ばれる代表の中に、左利きの選手が入ってきませんでした。近年、中国は主力に左利きが不足しているんです。もちろん左利きの選手を早田選手に見立てて練習することはあります。それでもまだ早田選手とその選手には実力差がある。
二宮: やはり団体戦においても左利きがいたほうが有利なんでしょうか?
平野: もちろんです。特に第1試合を任されるダブルスでは、左と右の組み合わせの方がいいとされています。基本的には右利きと左利きの方が動きやすい。ダブルスは交互に打球しなければいけませんから、パートナーが打ちやすいようにスペースをつくることが重要になるんです。右利きと左利きの組み合わせの方が、打ち終わってから下がる選手と前に入ってくる選手のポジションがぶつかりにくく、スムーズに移動しやすいんです。
成熟した16歳
二宮: 今大会、日本メンバーで最年少16歳の張本美和選手は、この2年で世界ランキングを大幅に上げました。9月24日時点のランキングでは日本人2位の7位に付けています。
平野: 小学生の頃から、「将来はこのレベル(世界ランキング1桁台)には行くだろう」と言われていましたが、近年の急成長ぶりには驚かされます。世界上位に駆け上がってくる選手は勢いがすごい。相手を圧倒するような攻撃力やスピードを有していますが、張本選手の場合は、それ以上にすごく落ち着いていて、プレーが安定しているのが特長です。メンタル的にも波が少なく、凡ミスをするような場面がほとんどない。16歳とは思えないほど、成熟した卓球を見せるんです。私は将来、世界チャンピオンになってもおかしくないと思っています。
二宮: それはすごい! 兄・智和選手の影響も大きいんでしょうね。
平野: そう思います。練習拠点が別々なので、日常的に一緒に練習しているわけではないのですが、小さい頃からお兄さんのプレーを見てきている。張本美和選手はバックハンドが巧い。その点はお兄さん譲りです。ピッチが速く、テイクバックの段階でコースが読めない。だからバックストレートの強打に相手が反応できないんです。
二宮: 卓球は「100m走をしながら、チェスをするようなスポーツ」と称されるように高い瞬発力と優れた頭脳が必要と言われています。
平野: 現役時代を思い返すと、私は考えてプレーするのが半分、もう半分は反射的に動いている。全球に対し、考えて動いていると反応が遅れてしまう。全部反射的に動いていると、コースを狙ったり、相手の逆を突くことはできません。どちらかではなく、どちらも重要なんです。
二宮: 試合では想定外のことが起こり得ます。そのためにあらゆるパターンを想定し、最悪のシナリオにも対応できるようにしなくてはなりません。
平野: 過去の対戦を元にこちらが攻めるべきところ、相手の攻撃を予測することはできます。ただ相手も対策を立ててきますし、過去の対戦から変化していることもある。1手、2手先を予測して動いていますが、全てのパターンに対応できるわけではありません。日々の練習で引き出しを増やしておくことは大切ですが、自らの手札を切る順番やタイミングは臨機応変に判断していかなければなりません。
ダブルスの妙
二宮: 団体では、2大会連続決勝で中国と対戦しました。いずれも0対3のストレート負け。日本と5大会連続金メダルの中国との差はまだ大きいということでしょうか?
平野: リオデジャネイロ大会から東京大会まで縮まった感がありました。また、昨年秋に中国・杭州で行われたアジア競技大会では0対3で負けているのですが、中国に対して打ち負けない日本を印象づけ、中国側はそれまで以上に日本を脅威に感じたと思います。さらに今年の世界選手権(団体)では2対3と、中国をあと一歩のところまで追い詰めました。その意味では近付いているとも言えますが、世界選手権からパリ五輪までのワールドツアーを見ると、中国は危機感を持って日本対策を徹底し、強さを見せつける試合が多かったです。
二宮: パリでの第1試合、早田選手と張本選手が組んだダブルスも2対3と惜敗でした。日本はあまり実戦で組んだことのないペアを起用し、大勝負を賭けましたが、金星とはいきませんでした。
平野: 中国に対し、データの少ないペアで勝負をかけたという狙いだけではなく、シングルスの順番も考慮しての起用だと考えます。
二宮: というと?
平野: 決勝まで組んできた早田選手と平野選手のペアを起用すると、第2試合は張本選手がシングルスとなり、対戦相手は高確率で孫選手がきます。3試合目は早田選手か平野選手が王曼昱選手と戦う。過去の対戦成績を見ると、張本選手は王曼昱に善戦した経験があり、平野選手は孫選手に勝利したことがあります。ダブルスの組み合わせはもちろんですが、シングルスの相性を踏まえた上での、早田選手と張本選手のペアリングだったと思います。
二宮: 直前のオーダー変更で言うと、平野さんもロンドン五輪の団体で経験されましたね。準決勝シンガポール戦の前日、監督から「福原(愛)&石川のペアを平野&石川に変えようと思っている」と言われたそうですね。
平野: ただ私と石川佳純の場合は、2人が組んでのシンガポール対策をほとんど練習していなかったものの、過去に国内や国際大会で何度も組んできた経験がありました。早田選手と張本選手は実践でほとんど組んだことがない。だからこそ相手もビックリしたでしょうし、2人のパフォーマンスは見事でしたが……。
二宮: 熟練度が高ければ、第1試合は取れていたかもしれないですね。
平野: ダブルスは崩れた時、修正できるのはペアの熟練度がモノを言います。組んでいる回数が多ければ多いほど、戦略の引き出しは増えていく。パリ大会で日本はゲームカウント2対2で9-5まで追い詰めましたが、このゲームを取り切れなかった。
二宮: ずっと組んでいれば、相手にも研究されてしまうし、奇襲になりません。一長一短がありますね。さて後編では男子日本代表についてもお聞きしたいと思います。
平野: もちろんです! よろしくお願いします。
(後編につづく)
<平野早矢香(ひらの・さやか)プロフィール>
1985年3月24日生まれ、栃木県鹿沼市出身。5歳から卓球を始める。仙台育英高校を経て、ミキハウスに入社。18歳で全日本卓球選手権女子シングルスを初制覇。以降、計5度の日本一に輝くなど日本女子卓球界のトップに君臨した。五輪には北京、ロンドンの2大会に出場。2012年ロンドン五輪では女子団体戦のメンバーとして日本史上初の銀メダル獲得に貢献した。16年4月に現役引退。22年、公益財団法人日本卓球協会理事に就任。現在はミキハウススポーツクラブアドバイザーを務める傍ら、スポーツキャスターや講演、卓球指導者としても活躍中。テレビ解説や卓球教室を通して競技の普及にも努めている。
(構成・写真/杉浦泰介)