厳しい稽古とちゃんこで、舞の海の体は徐々に大きくなっていった。それでも、やっと100キロに達する程度。280キロを超える小錦、約230キロの曙や武蔵丸と比べたら、子供と大人である。
 頭からぶつかっていっても玉砕するのがオチだ。だが力比べでは負けても、知恵比べでは負けない。巨漢の外国人力士にも、どこかに付け入るスキがあるはずだ……。

 1991年九州場所11日目、東前頭9枚目の舞の海は当時、西前頭筆頭だった曙と対戦した。
 体格差は体重だけではない。曙の身長が204センチであるのに対し、舞の海は171センチ。実にその差33センチ。これだけ身長差があれば、自ずとリーチの長さも違う。曙が得意とする双手突きを、いかにしてかいくぐるか。
「フェイントをかけてしゃがみ込み、懐の中に入っていこう……」
 舞の海は、何カ月も前から出羽海部屋の大柄な力士を相手に、立ち合いのシミュレーションを繰り返した。

「いつもより上体を高くして当たる振りをし、相手がつられて出てくれば、そのスキに潜り込む。情報が漏れるといけないので、誰も見ていない時にこっそりやりました」
 この作戦が功を奏した。立ち合いで大きく背伸びした舞の海は、次の瞬間、スッと潜り込み、曙の下半身に狙いを定めた。左足で内掛けをかけ、続いて右手で相手の左足をすくい、頭で腹を押した。曙は両上手をつかんで舞の海を持ちあげようとするが、腰が浮き、逆に仰向けに倒されてしまった。

 平幕同士の対戦にもかかわらず、場内から無数のザブトンが舞った。決まり手は「内掛け」だったが、あれこそは「三所攻め」だ。考えに考え抜いた末の秘技。乾坤一擲の勝負師魂が不可能を可能にしたのである。

<この原稿は「ビッグトゥモロー」2011年2月号に掲載されました>
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