第8回「スポーツを通じたシティプライド」ゲスト長谷部健氏

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二宮清純: 渋谷区は部活動の地域移行に積極的に取り組んでいます。2021年に渋谷ユナイテッドを設立しました。

長谷部健: 渋谷に住む人、渋谷で働く人、渋谷で学ぶ人、渋谷が好きな人など、誰もがスポーツや文化活動を「する」「見る」「支える」「つながる」環境をつくることを目指して渋谷ユナイテッドを発足しました。今年の7月からは渋谷区体育協会と合併するかたちで、現在は「渋谷区スポーツ協会」として活動をしています。部活動改革においては、既存の学校部活動の地域化を推進するのに加えて、子どもたちの時代のニーズに応えつつ、渋谷ならではのリソースを活用した「ユナイテッドクラブ」という地域のクラブチームを充実させていく。そのミッションは変わらず、将来的には学校部活動も合わせて総合型地域スポーツクラブを目指しています。

二宮: 部活動の地域移行に力を入れているのは?

長谷部: 子どもたちのスポーツ離れに危機感を覚えたからです。現在、区立小学校から区立中学校に進む子どもが約半数で、残りの半分は私立等に行くというデータがあります。生徒数が1学年1クラスという中学校もある。これでは野球やサッカーなどチームの人数が必要な運動部は、部員数が足りず、ひとつの学校だけでは成り立たない。こうした課題を解決するためにユナイテッドクラブでは、生徒が学校の枠を超えて参加できることに加えて、スポーツを広義に捉えたいと思っています。スポーツの語源とされるラテン語の「deportare」(デポルターレ)とは、「気晴らし」「遊び」を意味します。そうであれば、例えばカラオケだってスポーツと言っていいんじゃないか、と。健康寿命延伸につながるならば、既存の部活動の枠にとらわれず、eスポーツやプログラミングなどデジタル系などの文化部を含め、取り組んでいくべきだと考えています。

 

二宮: 渋谷区スポーツ協会が運営するユナイテッドクラブの中にはサッカー、ダンス、フェンシングなどのほか、料理・スイーツマスター部もあり幅広いですね。それにしてもスイーツマスターとは面白い。

長谷部: 区内にある服部栄養専門学校の協力のもと、子どもたちは調理器具や設備が整った場所で著名なパティシエにも教えてもらっています。立ち上げた理由としては、子どもたちにアンケートをとった時にスイーツづくりをやりたいと希望する声が多かったからです。渋谷区は専門学校も多いので、その資源を有効活用しています。

二宮: スクール事業に加え、部活動の地域移行の委託もされているリーフラスとは共通点も多いですね。

伊藤清隆: 我々の本社は渋谷区にありますからね。渋谷区とは、部活動地域移行において、マネージメントというかたちで関わっています。2020年にスポーツ庁から部活動の地域移行、地域スポーツの振興を促進する方針が示されましたが、渋谷区は非常にスピード感のある自治体だと感じています。

 

二宮: 渋谷区のイメージは最先端のまち。流行や文化の発信地です。各自治体が多様性を尊重したり、共生社会実現に向けて動くようになってきましたが、それも渋谷が先行しているように感じます。

長谷部: そう言っていただけるとありがたい。私どもとしても、そこはアイデンティティーだと思っています。

 

“する”ための環境づくり

 

二宮: リーフラスは現在、小中学校の部活指導を43の自治体、累計で約1500校から受託していますが、自治体によって部活動の地域移行の意識は違うのでしょうか?

伊藤: 教員志願者の減少など、危機感を持つ自治体は、部活動移行に積極的だと感じますね。中には、“このまま教員が部活動を教えるのが当たり前だ”と考える自治体もあり、温度差があるのが実情です。

 

長谷部: 教員の働き方改革を進めるのなら、部活動の負担を減らすために地域でコーチを雇えばいい。そこに新たな雇用も生まれますしね。一方で例えば「サッカー部の顧問をやりたくて教員になったんです」という先生もいる。部活動指導を希望する先生には引き続き指導をお願いできる制度設計も同時に必要だと考えています。

伊藤: 我々も同じ考えです。教員の方々が選べるのが一番理想ですね。部活動を担当したい先生は兼業のようなかたちを取り、部活動を持ちたくない先生はやらなくていいと思います。

 

二宮: 部活動の地域移行に先進的に取り組まれてきて、その後の反応は?

長谷部: 渋谷区スポーツ協会で取ったアンケートによると、部活動に関して教員の負担が減ったとポジティブな声をもらいました。その意味では部活動の地域移行を推進したインパクトはあったと思っています。

二宮: 教員の働き方改革については、渋谷区でも問題になっていたのでしょうか?

長谷部: はい。部活動に限った話ではありませんが、負担を減らしていくためにDX(デジタルトランスフォーメーション)を進めて、システムづくりにトライしています。もちろん、働き方改革は教員に限らず必要なことです。

 

二宮: ユナイテッドクラブの中には、パラスポーツのボッチャ部もありますね。

長谷部: 区と区教育委員会は2019年、一般社団法人日本ボッチャ協会と相互協力に関する協定を締結しました。区立小中学校を対象に出前授業を行い、児童・生徒がその体験を通してパラスポーツへの理解を広げる啓発活動も展開しています。2020年度には区民が参加できる「ボッチャ渋谷カップ」を初開催し、翌年からスタートしたユナイテッドクラブでは、設立当初から「ボッチャクラブ」を運営しています。区役所本庁舎15階には専用コートを設置しました。希望者の多いクラブがあれば、区内の空いている体育館等を練習場所に使い、大人と子どもが混ざり合ってひとつのチームができる。子どもたちがそのスポーツをやりたいと思った時に、“する”環境がある。そのためにも地域に根差したクラブ運営が大事だと思っています。

 

二宮: スポーツを“する”環境づくりのためには、場所の確保が重要ですね。

長谷部: 渋谷区は戦後間もない時期に建てた学校が多く、現在老朽化が進み、学校の建て替えの時期にきています。新たに造る際には、校庭、体育館、プール、音楽室、図工室など地域に開放できるものは、開放する前提で設計をする必要があると考えています。部活動だけでなく、建物の管理にスポーツ事業を運営する視点が加わっていけば、もっといろいろな事業が展開できる。資金が足りない部分は税金で補う。区民の健康が増進すれば、医療費も削減できますから、未来への投資です。今は渋谷区と様々な知見をもつ方々で議論していますので、方向性が定まっていく中で、具体的な在り方が見えてくると思っています。

 

二宮: 既存の施設を有効活用することも必要です。

長谷部: その通りです。学校施設を地域にどんどん開放していくことが必要でしょう。学校ごとにスポーツセンターがあるイメージです。もちろん在校生がいる時間はその子たちが第一優先で使い、夜や休日の使っていないタイミングで開放して貸し出せばいい。また学校施設を借りる団体が、クラブチーム化すれば、在校生がそこに混ざって一緒に練習もできるようになる。公共空間をどれだけ効率よく合理的にシェアしていくかが今後問われていくと思っています。

 

“掛け持ち”の推奨

二宮: 学校の施設開放についても、各自治体で温度差を感じますか?

伊藤: 日本全国さまざまですね。学校を使わせていただけると、それだけ地域の方々がスポーツに接する機会が増えるのでいいことだとは思うのですが、なかなか理解を得られない。自治体によっては、スポーツ基本法と自分たちの条例にギャップがあり、営利団体は使っていけないという考えを持つところもあります。

 

二宮: スポーツ基本法の条文には<営利のためのスポーツ振興は対象としない>という言葉は削除されているんですけどね。

長谷部: 学校という教育環境の安全面を考慮して部外者を入れたくないという考えは理解できます。しかし個人的には、学校という施設のポテンシャルを最大限に活かすとすれば、渋谷区スポーツ協会のように半官半民の団体があれば、児童や生徒を第一にしながら、学校を学校のためだけに留めずに地域の方々にも還元できる活動を展開しやすいかと思います。

 

二宮: こうした渋谷モデルが全国的に広がっていけばいいですね。

長谷部: そうなるとうれしいです。僕らとしてはスポーツを楽しむことを超えてシティプライドを持ってもらいたい。中学校時代を地元で過ごしていると、その色はより濃くなる。例えば、生徒が私立の中学に行っても、地元のクラブで活動できることを実現したい。そういう意味では、在学の生徒だけの部活動ではなく、地域の人が入れるクラブになると可能性が広がりますし、もっと言えば、複数のクラブの掛け持ちもあっていいと思います。

 

二宮: アメリカではシーズンに応じて、やる競技を変えていく。いわゆる“二刀流”だって珍しくない。例えばパリ五輪の女子やり投げで金メダルを獲得した北口榛花選手はバドミントンや水泳が今の競技生活に生きていますね。この道一筋だけでなく、複数の競技を経験することが子どもたちの成長につながる。

伊藤: 我々のスクールでもクロススポーツを推奨しています。特に小学校のうちは向き不向きもありますから、さまざまな競技を経験しながら最終的には好きな道を選んでもらえればいいと思っています。

二宮: パリ五輪でのスケートボードで日本勢のメダルラッシュがありました。アーバンスポーツへの関心も増えています。

伊藤: 我々もパルクールのスクールを設置しています。ニーズがあればさまざまな競技を増やしていきたい。また我々としては不登校の子どもたちに対する教育にも注力したいと思っています。そのきっかけとしてeスポーツは向いていると考えています。

 

長谷部: 不登校問題も日本の社会課題のひとつです。地域クラブが学校の枠を超えた居場所になるとすれば、スポーツには社会課題を解決する可能性があると思っています。

 

二宮: 最後に今後の展望を。

長谷部: 渋谷区スポーツ協会、また、地域クラブの「ユナイテッドクラブ」をどう地域に根付かせていくか。ニッチな競技でもいいので、やりたい人たちがいて、クラブチームができれば渋谷区で支えていきたい。それぞれの競技でトップを狙うチームだけを持つというより、楽しいサークルがたくさんあり、その中には競技力アップを目指すクラブがあれば、エンジョイすることを目的にしたクラブもあって、多様なレベルや趣向に合わせて参加する機会があるというのが理想です。やりたい人の想いに応えられる運営ができたらいいと思っています。

 

長谷部健(はせべ・けん)プロフィール>

1972年、渋谷区出身。幼少期から野球や柔道などさまざまなスポーツに打ち込み、大学在学中にはオーストラリアンフットボール(オージーボール)日本代表に選出。大学卒業後、96年に株式会社博報堂に入社。2002年に退職後、NPO法人green birdを設立し、全国60か所以上でゴミのポイ捨て対策のプロモーション活動を実施。2003年に渋谷区議会議員選挙で初当選を果たし3期務めた後、15年に渋谷区長に当選。現在3期目。趣味はランニングと水泳。

 

伊藤清隆(いとう・きよたか)プロフィール>

1963年、愛知県出身。琉球大学教育学部卒。2001年、スポーツ&ソーシャルビジネスにより、社会課題の永続的解決を目指すリーフラス株式会社を設立し、代表取締役に就任(現職)。創業時より、スポーツ指導にありがちな体罰や暴言、非科学的指導など、所謂「スポーツ根性主義」を否定。非認知能力の向上をはかる「認めて、褒めて、励まし、勇気づける」指導と部活動改革の重要性を提唱。子ども向けスポーツスクール会員数と部活動支援事業受託数(累計)は、2年連続国内No.1(※1)の実績を誇る(2023年12月現在)。社外活動として、スポーツ産業推進協議会代表者、経済産業省 地域×スポーツクラブ産業研究会委員、日本民間教育協議会正会員、教育立国推進協議会発起人、一般社団法人日本経済団体連合会 教育・大学改革推進委員ほか。

 

二宮清純(にのみや・せいじゅん)プロフィール>

1960年、愛媛県出身。明治大学大学院博士前期課程修了。同後期課程単位取得。株式会社スポーツコミュニケーションズ代表取締役。広島大学特別招聘教授。大正大学地域構想研究所客員教授。経済産業省「地域×スポーツクラブ産業研究会」委員。認定NPO法人健康都市活動支援機構理事。『スポーツ名勝負物語』(講談社現代新書)『勝者の思考法』(PHP新書)『プロ野球“衝撃の昭和史”』(文春新書)『変われない組織は亡びる』(河野太郎議員との共著・祥伝社新書)『歩を「と金」に変える人材活用術』(羽生善治氏との共著・廣済堂出版)など著書多数。新刊『森保一の決める技法』(幻冬舎新書)が発売中。

 

※1

*スポーツスクール 会員数 2年連続国内No.1

・スポーツ施設を保有しない子ども向けスポーツスクール企業売上高上位3社の会員数で比較

・会員数の定義として、会員が同種目・異種目に関わらず、複数のスクールに通う場合はスクール数と同数とする。

*部活動支援受託校数(累計) 国内No.1

・部活動支援を行っている企業売上高上位2社において、部活動支援を開始してからこれまでの累計受託校数で比較

・年度が変わって契約を更新した場合は、同校でも年度ごとに1校とする。

株式会社 東京商工リサーチ調べ(2023年12月時点)

 

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リーフラス株式会社

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サッカー、野球、バスケットボール、ダンスなどのスポーツスクール事業を展開している リーフラス株式会社とのタイアップコーナーです。 日本のスポーツ、教育の現場における様々な社会課題解決に取り組む同社代表取締役の伊藤清隆氏が、 スポーツ界の有識者やご意見番をゲストに迎え、スポーツの未来を展望します。 司会進行は当HP編集長・二宮清純が務めます。

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