第9回「指導者にも医学的知識を」ゲスト小松裕氏
二宮清純: 今回のゲストは日本スポーツ振興センターが運営するハイパフォーマンススポーツセンター、ナショナルトレーニングセンターの副センター長を務める小松裕さんです。
小松裕: どうぞ、よろしくお願いいたします。
二宮: いきなりですが、小学生時代の小松さんの得意科目は体育だったそうですね。
小松: 担任の先生との出会いが大きかった。怒られることも多かったのですが、体を動かすことの楽しさだけじゃなく、スポーツマンシップを教えていただきました。そのおかげで今もスポーツが好きで、スポーツに関わる仕事を続けています。
伊藤清隆: 素晴らしい出会いがあったんですね。
二宮: 伊藤さんも、スクール事業を始めるきっかけに体育の先生との出会いをあげていますね。
伊藤: 私も先生によく怒られていました。体育の先生には、陸上の大会に出るためによく練習をさせられました。今となってはいい思い出です。我々のビジネスの原点は集団登校です。昔は上級生が下級生をしっかり見守るような、地域のコミュニティがどこにもあった。そういったコミュニティを、スポーツを通じて再生したいと考えています。
二宮: 少子化の影響なんでしょうが、そういうコミュニティがどんどん少なくなっていますね。特に地方にその傾向は顕著です。小松さんは長野県の出身ですね。
小松: 東京に比べれば、長野にはまだコミュニティが残っています。先日、長野市の上松地域の運動会に行きましたが、お年寄りから子どもまでたくさん参加されていました。
二宮: 現在、国は中学の部活動の地域移行を進めています。改革推進期間は、2023年度から2025年度までの3年間です。
小松: 長野県も地域移行を進めている最中です。長野県の問題は面積が広いこと。どこかひとつの場所に集めてやるとなると、では、そのための交通手段や送り迎えはどうするのかという話になる。保護者が熱心な家庭はいいのですが、送り迎えのできない家庭もある。
二宮: リーフラスは現在、小中学校の部活指導を45の自治体、累計で約1700校から受託しています。中央と地方の財政格差が問題視されています。
伊藤: 各地域のスポーツ少年団が減少していく中、我々はスポーツをやりたい子どもたちの受け皿となれるように、部活動の地域移行をサポートする地域数をどんどん増やしていきたい。そう考えています。
熱中症対策は待ったなし
小松: リーフラスでは部活動の地域移行を各自治体から委託されているそうですが、部活動に熱心な学校の先生もいらっしゃると思います。その方たちがリーフラスに入社することは難しいのでしょうか?
伊藤: そんなことはありません。我々はスクール事業も行っていますが、元教員がスクールの指導員をしているケースもあります。部活動について言えば、各自治体の教育委員会が認めれば可能です。部活動に携わりたい先生は、兼業としてきちんと認められれば、部活指導ができる。一方、部活指導が負担になっている先生は、そこから解放される。それが一番理想的なかたちだと思っています。
二宮: 話は変わりますが、近年は温暖化が進み、夏の暑さは昔とは比べ物にならない。今後は健康や安全面を考慮しながらスポーツの試合や練習を行わなければなりません。小松先生からアドバイスをいただければ。
小松: 私はスポーツ医学を専門にやっている内科医です。熱中症について言えば、私が医師になって5年目の1991年、日本体育協会(現・日本スポーツ協会)に「スポーツ活動における熱中症事故予防に関する研究班」が設置され、そこに参加しました。当時は熱中症という言葉を多くの人が知らず、まだ日射病と呼んでいました。既に部活動中の子どもが熱中症で亡くなる事故が起きていました。まだ選手が罰走でグラウンド10周を命じられたり、水を飲まずに練習させられていた時代です。そこをなんとかしなければいけない、と思い、日本高校野球連盟の医科学委員会に入りました。私たちが提言して、甲子園で給水の時間を設けたり、ベンチに飲料を置くことを義務付けたりしました。
二宮: 今は高校野球に限らず、ほとんどのスポーツで給水タイムが設けられています。
小松: 命に関わる事故は絶対に起こしてはならない。これは熱中症に限った話ではありません。突然の心停止という事故も防がなくてはなりません。指導者の方たちには、ぜひ正しい医学的な知識を持っていただきたい。
二宮: リーフラスの指導者たちは、医科学的な研修をしっかり積んでいると聞きます。
伊藤: もちろんです。一番大事なのは安全性の担保です。医学的な研修もあります。熱中症対策で言えば、指導員は常時熱中症計を携帯し、基準値を超えたら練習を中止することを徹底させています。またAED(自動体外式除細動器)の使い方も研修で覚えてもらっています。
二宮: 他には?
伊藤: 我々のスポーツスクール事業では、累計で年間6万人の子どもを合宿に連れて行きます。そこには必ず看護師さんが帯同しています。
二宮: 今後は医師の帯同を義務付ける動きも出てくるのでしょうか?
小松: まだ、そこまではありません。ただ医師というと人数的に限られてしまいますが、医学的な知識を持った指導者が増えれば、補えるのではないでしょうか。それはトレーナーも同じです。指導者、トレーナーに医学的な知識を持ってもらうことが、この先重要になってくる。部活動の地域移行についても、子どもたちの安全を支える人材を育てていくことが大事だと思います。
<小松裕(こまつ・ゆたか)プロフィール>
1961年、長野県諏訪市出身。東京大学病院、国立スポーツ科学センターなどで内科医・スポーツドクターとして活躍。オリンピックをはじめ、野球、ソフトボール、体操、レスリング、などの世界大会に全日本チームのドクターとして参加。またワールドベースボールクラシック(WBC)の日本代表のチームドクターを連覇した第1回、第2回で務める。2012年、公募により自民党長野県第一選挙区支部長に選任され、同年12月の衆議院総選挙で初当選。14年12月の衆議院総選挙で再選。21年10月繰り上げ当選し三選。2023年1月、ナショナルトレーニングセンター副センター長に就任。パリオリンピック・パラリンピックの医学サポート体制の取りまとめ役を務めた。アンチドーピング活動、スポーツ界の新型コロナ対策などにも取り組んでいる。
<伊藤清隆(いとう・きよたか)プロフィール>
1963年、愛知県出身。琉球大学教育学部卒。2001年、スポーツ&ソーシャルビジネスにより、社会課題の永続的解決を目指すリーフラス株式会社を設立し、代表取締役に就任(現職)。創業時より、スポーツ指導にありがちな体罰や暴言、非科学的指導など、所謂「スポーツ根性主義」を否定。非認知能力の向上をはかる「認めて、褒めて、励まし、勇気づける」指導と部活動改革の重要性を提唱。子ども向けスポーツスクール会員数と部活動支援事業受託数(累計)は、2年連続国内No.1(※1)の実績を誇る(2023年12月現在)。社外活動として、スポーツ産業推進協議会代表者、経済産業省 地域×スポーツクラブ産業研究会委員、日本民間教育協議会正会員、教育立国推進協議会発起人、一般社団法人日本経済団体連合会 教育・大学改革推進委員ほか。
<二宮清純(にのみや・せいじゅん)プロフィール>
1960年、愛媛県出身。明治大学大学院博士前期課程修了。同後期課程単位取得。株式会社スポーツコミュニケーションズ代表取締役。広島大学特別招聘教授。大正大学地域構想研究所客員教授。経済産業省「地域×スポーツクラブ産業研究会」委員。認定NPO法人健康都市活動支援機構理事。『スポーツ名勝負物語』(講談社現代新書)『勝者の思考法』(PHP新書)『プロ野球“衝撃の昭和史”』(文春新書)『変われない組織は亡びる』(河野太郎議員との共著・祥伝社新書)『歩を「と金」に変える人材活用術』(羽生善治氏との共著・廣済堂出版)、『森保一の決める技法』(幻冬舎新書)など著者多数。
※1
*スポーツスクール 会員数 2年連続国内No.1
・スポーツ施設を保有しない子ども向けスポーツスクール企業売上高上位3社の会員数で比較
・会員数の定義として、会員が同種目・異種目に関わらず、複数のスクールに通う場合はスクール数と同数とする。
*部活動支援受託校数(累計) 2年連続国内No.1
・部活動支援を行っている企業売上高上位2社において、部活動支援を開始してからこれまでの累計受託校数で比較
・年度が変わって契約を更新した場合は、同校でも年度ごとに1校とする。
株式会社 東京商工リサーチ調べ(2023年12月時点)