日本人らしさに近づいてきた「サッカー」
最近ではほとんど聞かなくなった。
曰く、日本のサッカーには想像力が足りない。曰く、日本人選手の闘う力は凄いが、知性が感じられない。
目にするたび、耳にするたび、胸が痛んだ。返す言葉もなかった。メキシコ五輪の栄光を知らない世代にとって、日本代表のサッカーとは耐えて耐えての乾坤一擲しか考えられなかった。それが、それのみが、日本人に可能なスタイルだと思い込んでいた。
もう30年以上前、セルジオ越後さんに言われたことがある。
「日本の高校サッカー、いい選手はいる。でも、例えば合宿に行くとき、いつ、どこに、どうやって、どれぐらい行くかを決めるのは全部監督。選手は何も考えない。そんな選手に、試合になったら監督は、“考えてプレーしろ!”って怒鳴る。矛盾していると思わない?」
おそらくいまも、高校サッカー部が合宿に行く際、全てを取り仕切っているのは監督だろう。日本人の国民性が劇的に変化したとも思えない。
だが、サッカーは変わった。
先月中旬、東京・代々木公園で「日本インドネシア市民友好文化フェスティバル」なるものが開催されていた。サテやナシゴレンといった料理の屋台に交じって、インドネシア代表のオフィシャル・ユニホームを販売している店があった。
最終予選ではここまで3分け1敗とまだ勝ちがないインドネシアだが、実質的には初となるW杯出場に向けてネット上でのファンの鼻息は荒い。来たる日本戦に向けて、さぞ威勢のいい声が聴けるのではと思って話しかけてみたら、全員が全員、日本戦に関してはさじを投げている様子だった。曰く、日本は別次元のチーム。曰く、1点差の負けならば勝利に等しい――。
もちろん、こちらが日本人ということもあり、幾分は社交辞令も含まれていたのだろうが、日本に対する憧憬にも似た感情があることははっきりとわかった。日本人がブラジルやドイツ、スペインに対して抱いている(た?)のに近いイメージが、彼らの中ではできあがっているようだった。
サッカーには国民性が現れる。そして、日本人の国民性が30年前に比べて劇的に変わったとは思えない。ではなぜ、日本サッカーのイメージは変わったのか。
サッカーが変わったから、かもしれない。
サッカーにおける想像力や知性とは、突き詰めて言うと、アドリブの力だったとわたしは認識している。局面ごとに個人が下す判断。その優劣が、チームの勝敗を左右してきた。卓越した技術や判断こそが、この競技における最大の切り札だった。ゆえに、ブラジルは強かった。
現代サッカーにおいても、個人の想像力や知性が重要な意味をもっているのは間違いない。ただ、魔術師たちが闊歩した時代とは比べものにならないほど、現代のサッカーはオートマチックな部分が増えた。再現性の追求がなされるようになった。
それが、日本人の国民性にハマったのではないか。日本人がサッカーに近づいたのではなく、愚直に一事を究めていく匠の精神に、サッカーが近づいてきたのではないか。
サッカーの世界において、「日本人みたい」という表現が悪口だった時代がかつてはあった。それがとんと聞かれなくなるか、まったく逆の意味を持つ時代が、近づいているのかもしれない。
<この原稿は24年11月7日付「スポ-ツニッポン」に掲載されています>