第272回「携帯電話禁止は正しい!?」
最近、騎手が通信機器(スマートフォン)をレース会場に持ち込み処分を受けているケースが目立つ。知らない人のために説明すると、公営ギャンブル(競馬、競輪、競艇など)の選手は八百長や情報漏洩を防ぐために、レース会場入りする数日間は施設内に滞在し、外部と連絡が取れない決まりとなっている。なので騎手がスマホで通信するというのはご法度だ。
しかし、10月には若手ホープの永野猛蔵選手(先日引退を発表)と人気女性騎手の藤田菜七子選手が昨年5月以前に通信していたことが発覚。同月、藤田選手が電撃引退したことで大きな話題となった。それ以外にも昨年は6人の持ち込みが発覚し30日間の騎乗停止処分受けたりしている。
現行ルールで厳格に禁止されている行為を行ったわけで処分を受けるのは当然。だが、今の20代は、小さなころからスマホが身近にあり、依存症に近い生活を送っているのが大多数である。この状況でスマホ禁止は、時代に適合したルールなのか。
ちなみに海外ではどうなっているのか。
イギリスは2003年に携帯電話禁止規則をつくったら、騎手組合にストライキされ、結果としてレース1時間半前から最終レース終了まで禁止に変更した。アイルランドはこのイギリスでの顛末を受けて、「携帯電話での通話で八百長となった事例は無いので禁止しない」となったそうだ。同様にアメリカではないようで、オーストラリアでは多少規制されているようだが、日本ほど厳しい制限をかけている国は見つからなかった。
日本の背景も理解できるが、選手の人権を考えると、完全に禁止するのではなく、何らかの方法はないものだろうか……。
そんな時にこんなニュースを目にした。
「SNS利用16歳未満禁止」
これはオーストラリアで、SNSが成長に与える影響を研究した結果、SNS利用に年齢制限をかける法案が審議されているのだ。対象はXやFacebook、TikTok、インスタグラムなど幅広く、Youtubeも検討中だという。世論も追い風のようで、まもなく可決される見通し。
この動きはアメリカでもある。フロリダ州やカリフォルニア州で若年層に対し、ソーシャルメディアがアルゴリズムの使用することを禁じ、こどものSNS利用を制限する法案が進んでいる。
若年層のコミュニケーション方法
先日、大学生たちにコミュニケーション方法をヒアリングさせてもらう機会があった。連絡を取るのに、メールや電話を挙げた学生はほとんどおらず、インスタ、LINEなどのSNSがほぼ全員だった。どうしてもメールをしなければいけない目上の人や就職活動のみ使用するという。何かを調べるのも、もちろんSNS。ある程度は予想していたが、ここまで顕著だとは思わなかった。これでは、就職時に電話の取り方、メールの送り方を教える必要があるわけだ。ここまで若年層に浸透しているSNS恐るべし、である。
さて、選手のスマホ禁止に戻ろう。
ギャンブルなので公平性が重要、ルールを守らせた方がいいという正論はもちろん理解できる。でも、それで本当に今後公営ギャンブルは成立していくのだろうか……。
確かに夢がある仕事で、お金も稼げるということで希望者がいないわけではない。しかし、少しずつ希望者が減り、行く末に不安があるのも確かだ。選手募集のCMが盛んにTV等で流れているのは皆さんもご覧になっている通りだ。
そういえば、僕たちの時代(20~30年前)は高校生や大学生に、電話や外部との付き合い方を制限するような指導も珍しくなかった。それが携帯電話やスマホの普及、さらには子どもたちの意識変化などで、そんな指導をしている学校も聞かなくなった。むしろスマホで動画を撮ったり共有したり、LINEを使ってコミュニケーションをしたりと、いかに通信機器を活用するかという状況になっている。
元競輪選手にこの状況を聞いてみると、「確かに数日間連絡が取れないで困る人もいたようだが、僕自身は家族を含めて外部と切り離されることでリラックスできた。まあ人ぞれぞれだとは思う。でも、公平性を守る観点からはここは厳格に守るべきだ」とのこと。
連絡を取れないことに対するとらえ方は個人差が大きいようだが、公平性の担保ということに関しては公営スポーツの生命線でもあるので、厳しくすべきという意見だった。
正解などわからない。
私自身、騎手にも競輪選手になったこともない。
ただ、「この状況のままでいいのか」というもやもやした気持ちだけが残っている……。
<白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール>
スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。17年7月より東京都議会議員。著書に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)。最新刊は『大切なのは「動く勇気」 トライアスロンから学ぶ快適人生術』 (TWJ books)。