開幕投手を誰にするか。これはピッチングコーチにとって一番、頭の痛い問題である。あちらを見れば、こちらが立たず、というわけだ。
 自他ともに認める大エースがいれば、頭を痛める必要はない。しかし、同等の力を持つピッチャーが複数いた場合、誰を指名するか悩むことになる。

 今、最もこの問題に直面しているのは東北楽天のピッチングコーチ佐藤義則だろう。
 ここには岩隈久志、田中将大と2人の開幕候補がいる。これまでは4年連続で岩隈が開幕投手を務めてきた。

 しかし、今年は状況が一変した。マー君がキャンプイン早々の“早朝声出し”で、こう宣言したのだ。
「5年目、22歳、田中将大です! 今シーズンはリーグ優勝、日本一はもちろん、4年連続開幕投手の岩隈さんから開幕投手を奪い、沢村賞を目指したいと思います!」

――いったい、どんな心境の変化があったのか?
 私の問いに、マー君はこう答えた。
「開幕というのはプロ野球選手にとって特別な日。その日にマウンドに立っているピッチャーがエースというイメージがあります」
 これには岩隈もびっくりしたようで、「驚きましたね。意気込みが十分に伝わってきた。負けるつもりなんてありませんよ」と語っていた。

 佐藤が阪急に入団した頃のエースといえば山田久志である。山田は1975年から12年連続で開幕投手を務めていた。
 山田には独特の美学があった。
「開幕戦の第一球は常にストレートと決めていた。キャッチャーミットが“バチン”と鳴り、アンパイアが右手を挙げる。ここから僕の1年が始まったんです。だから初球だけはバッターには振ってもらいたくなかった」
 その山田から開幕投手の座を奪ったのが佐藤である。87年のことだ。初の開幕投手となれば心躍るものだが、佐藤の場合、そうではなかった。
「あれから山田さん、しばらくの間、僕には口をきいてくれませんでしたよ」
 エースの聖域を侵した代償は高くついた。それが重荷になったわけではあるまいが、佐藤は5回6失点と散々だった。

 話を楽天に戻そう。岩隈とマー君、佐藤はどちらを選ぶのか。
「まだ決めていない。星野(仙一)監督も悩んでいると思います。監督が『オマエ、本人に言うのか?』と聞くので、『僕は言います』と。ただ『“オマエが開幕”というのは監督から伝えてください』とは言っています」
 逆に考えれば、開幕投手候補が2人もいるというのは、うれしい悩みでもある。
 最終的には佐藤の意見を参考にして星野が決定することになる。

 現エースのプライドを重んじるのか、それとも次期エースの将来性に賭けるのか。楽天ファンならずとも気になるところである。

<この原稿は2011年3月27日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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