第10回「指導はサービスの一環」ゲスト谷本歩実氏
二宮清純: 今回のゲストは柔道でオリンピック2大会連続金メダリスト(2004年アテネ、08年北京)の谷本歩実さんです。フランスで指導経験を持つ谷本さんに日本との指導法の違いなどをお伺いしたいと思います。
谷本歩実: どうぞ、よろしくお願いいたします。
二宮: フランスは日本よりも柔道の競技人口が多いんですよね。
谷本: 今は日本の5倍と言われています。ただ黒帯の人数は全体の1割弱。4~6歳と若年層が競技人口の多くを占めています。地域のスポーツクラブに入り、1年目はラグビー、2年目は柔道、3年目は水泳といった具合にいろいろな競技を体験し、自分に合ったものを探していくような仕組みになっています。
伊藤清隆: スポーツクラブのオーナーの仕事は運営がメインですか?
谷本: いいえ。企業の経営者が社会貢献のためにクラブチームを保有しているケースが多いと聞いています。各競技の指導者を含め、専任の方はあまり見なかったですね。
二宮: リーフラスは現在、小中学校の部活指導を45の自治体、累計で約1700校から受託しています。一番下のお子さんは何歳から加入できるんですか?
伊藤: 我々のスクールは2歳から入れます。2歳から小学生までを対象にした多種目スポーツスクールJJMIXという教室があります。サッカーや野球、バスケットボールなどの運動要素を取り入れたプログラムを提供することで、初心者の子どもや運動が苦手でも、指導が受けられるようになっています。
二宮: 谷本さんは日本とフランスの指導法の違いで、特に戸惑ったことはありますか?
谷本: 日本と同じやり方で指導すると翌日は生徒さんが来なくなったという話を先輩方から聞きました。フランスでは、柔道の教育要素をサービスするという考えなんです。フランスは子どもたちを喜ばせることに重きを置いています。親御さんたちにもきちんと指導方針を説明し、交流の場を設けるなどして理解を得ています。
二宮: 日本の場合、柔道は武道で、師匠の言うことは絶対、というような風潮がありますよね。指導がサービスとは、カルチャーショックを受けませんでしたか?
谷本: 私は楽しく柔道を学んでほしいという思いがあったので、驚きはありませんでした。楽しんでもらえなければ人は集まりません。それはフランスに限らず世界各国に共通することだと思います。
地方の情報も管理
二宮: サービスという概念はリーフラスにもありますか?
伊藤: もちろんです。我々はスポーツサービスを提供するという考えを持っています。大事にしているのは子どもひとりひとりの人格を認めて、褒めて、励まし、勇気づけること。決してむやみに叱ったりはせず、子どもたちの自己肯定感を高めるようにしています。
二宮: 企業の顧客満足度調査のように、リーフラスも生徒さんにアンケートを取っているんでしょうか?
伊藤: はい。スポーツスクールはもちろん、部活動を受託した学校にも無記名でアンケートを取っています。
二宮: フランスで都市と地方の格差を感じたことはありましたか?
谷本: フランスでは各地に配置した指導者に、最新の情報、技術を落とし込んでいます。また指導者に問題があれば、国に情報が入るよう管理されている。それによりフランス全土で同じレベルの指導を受けられるようなシステムが構築されているんです。
二宮: それはフランスの柔道連盟ではなくスポーツ庁が管理しているんでしょうか?
谷本: はい。柔道だけでなく他の競技も同じです。世界選手権やオリンピックでメダルを獲った選手が上級指導資格を取得するための授業を受講し、引退したら指導者になるという道ができあがっています。
二宮: その点は日本も取り入れるべき点ですね。
伊藤: 私もそう思います。
二宮: リーフラスでも指導のバラつきがないようにきっちり管理されているわけですね。
伊藤: もちろんです。我々は企業なので、きっちり研修します。社内試験を通過しないとスクールを担当させません。指導者に簡単にはなれないし、なれたとしても不足があれば再研修を課します。子どもたちの人間力を上げていくというのが、我々の目指す方向性ですから。
チェック機能が必要
二宮: 谷本さんは現役引退後、栄養士の資格を取られたそうですね。
谷本: 引退する年に服部栄養士専門学校に通い、それと同時にスポーツ医学も学びました。なぜなら自分が指導者になった時、選手の質問に答えられなければならないと思ったからです。コミュニケーションを図る上で競技のことしか話せないというのでは限界があるでしょう。
二宮: 2018年には弘前大学大学院で医学博士を取得されています。
谷本: 今は自分から情報を求め、自分から強くなりたいと思う子どもが多い。そんな子どもたちに寄り添うには、自分の経験を言語化できなければいけないと考え、必死に勉強しました。
二宮: 昔のように上意下達的な指導法は通用しないということですね。
谷本: 情報科学もきちんと自分の言葉に落とし込み、相手に伝えることが一番いいのかな、と考えています。
二宮: リーフラスではどうでしょう?
伊藤: 我々は名古屋市の小学校の部活動に関して、238校を任せていただいています。その時に義務付けているのは、最低2人以上で指導すること。決して指導者を1人にしない。加えて、4校に1校は弊社の社員が巡回し、部活動が適切に実施されているか管理・運営をしています。
二宮: 今後の課題は?
谷本: これまで日本は強化一本でやってきました。今後は医療、教育、観光などと結び付けていかないと、日本のスポーツはいずれ社会から見限られてしまいかねない。たとえば生涯スポーツに結び付けて、健康促進を目指し、釣りやハイキングを組み込んでいくことも必要です。このままではスポーツ自体が衰退していってしまう。持続可能なものするための文化づくりが必要だと思っています。
<谷本歩実(たにもと・あゆみ)プロフィール>
1981年、愛知県出身。小学3年生で柔道を始める。桜丘高校卒業後の97年に筑波大に進学。00年にコマツに入社し、五輪では女子63キロ級代表として04年アテネ大会、08年北京大会に出場。オール一本勝ちで2大会連続金メダルを獲得した。10年9月に現役引退後は、全日本チームのコーチを歴任。2018年には国際柔道連盟殿堂入りを果たした。現在、日本オリンピック委員会、日本スケート連盟の理事。2026年開催の愛知・名古屋アジア・アジアパラ競技大会組織委員会では、アスリート委員会の委員長を務めている。
<伊藤清隆(いとう・きよたか)プロフィール>
1963年、愛知県出身。琉球大学教育学部卒。2001年、スポーツ&ソーシャルビジネスにより、社会課題の永続的解決を目指すリーフラス株式会社を設立し、代表取締役に就任(現職)。創業時より、スポーツ指導にありがちな体罰や暴言、非科学的指導など、所謂「スポーツ根性主義」を否定。非認知能力の向上をはかる「認めて、褒めて、励まし、勇気づける」指導と部活動改革の重要性を提唱。子ども向けスポーツスクール会員数と部活動支援事業受託数(累計)は、2年連続国内No.1(※1)の実績を誇る(2023年12月現在)。社外活動として、スポーツ産業推進協議会代表者、経済産業省 地域×スポーツクラブ産業研究会委員、日本民間教育協議会正会員、教育立国推進協議会発起人、一般社団法人日本経済団体連合会 教育・大学改革推進委員ほか。
<二宮清純(にのみや・せいじゅん)プロフィール>
1960年、愛媛県出身。明治大学大学院博士前期課程修了。同後期課程単位取得。株式会社スポーツコミュニケーションズ代表取締役。広島大学特別招聘教授。大正大学地域構想研究所客員教授。経済産業省「地域×スポーツクラブ産業研究会」委員。認定NPO法人健康都市活動支援機構理事。『スポーツ名勝負物語』(講談社現代新書)『勝者の思考法』(PHP新書)『プロ野球“衝撃の昭和史”』(文春新書)『変われない組織は亡びる』(河野太郎議員との共著・祥伝社新書)『歩を「と金」に変える人材活用術』(羽生善治氏との共著・廣済堂出版)、『森保一の決める技法』(幻冬舎新書)など著者多数。
※1
*スポーツスクール 会員数 2年連続国内No.1
・スポーツ施設を保有しない子ども向けスポーツスクール企業売上高上位3社の会員数で比較
・会員数の定義として、会員が同種目・異種目に関わらず、複数のスクールに通う場合はスクール数と同数とする。
*部活動支援受託校数(累計) 2年連続国内No.1
・部活動支援を行っている企業売上高上位2社において、部活動支援を開始してからこれまでの累計受託校数で比較
・年度が変わって契約を更新した場合は、同校でも年度ごとに1校とする。
株式会社 東京商工リサーチ調べ(2023年12月時点)