第6回 アスリートとしての意識改革

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 私が障害者スポーツと出合ってから、選手はもちろん、指導者や競技団体関係者、大会やイベント運営に携わる方々と、実にさまざまな方たちと触れ合ってきました。その中で私はいろいろなことを見聞きし、学び、そして感じてきました。なかでも「障害者スポーツをもっと多くの人に知ってもらいたい、観てもらいたい、楽しんでもらいたい」という思いは、障害者スポーツに関われば関わるほど、大きく膨らんでいます。では、そのためにはどうすればいいのでしょうか。そこで今回は競技としての障害者スポーツの視点で私見を述べます。
 私はこれまで障害者スポーツを福祉やリハビリとしか扱っていない国の制度のあり方や、競技の認知拡大に最大限の努力をしているとは思えない大会やイベントのあり方など、障害者スポーツを取り巻く環境に課題があると考えていました。もちろん、今でもその考えに変わりはありません。日本では一般スポーツは文部科学省、障害者スポーツは厚生労働省と管轄が分かれています。そのためにさまざまな弊害が起きています。例えば、文科省の「スポーツ振興基本計画」を受けてつくられたナショナルトレーニングセンターは、文科省が所管する日本オリンピック委員会(JOC)の強化指定選手は使用できますが、厚労省が所管する日本パラリンピック委員会(JPC)の強化指定選手は、通常は使用を認められていません。パラリンピック選手が使用した例もありますが、複雑な手続きを要し、さらには使用場所の限定など、さまざまな条件つきでようやく許可が下りるのです。こうしたあり方には、やはり疑問を抱かざるを得ません。

 また、障害者スポーツの大会やイベントに行くと、ほとんどいつも来場者は選手の関係者ばかりで、一般客はあまり見られません。「これでは広がっていかない」といつも危機感を覚えます。しかし、これは当然のことなのです。なぜなら、世間一般に障害者スポーツの大会やイベントがいつ、どこであるかという告知がされていないことも少なくなく、観客動員のための施策はほとんど見られません。これでは観客が増えるはずはないのです。

 では、なぜ告知をしないのでしょうか。大会運営者に話を聞くと、彼らのミッションは、とにかくトラブルなく無事に大会やイベントを成功させること。そのことで精一杯で多くの人に見てもらうために動くことはほとんどありません。その証拠に、国内で行なわれている障害者スポーツの大会やイベントでは、来場者の数が把握されていないことがほとんどなのです。もちろん、関係者の中には「もっと広げていきたい」という人もたくさんいることでしょう。しかし、認知拡大に関しての意識が不十分であることは事実であり、今後、改善していかなければならない課題のひとつです。しかし、こうした国の体制や大会運営といった環境以上に、改善が急務と感じていることがあります。それは選手たち自身の意識です。

 求められる自発性と継続性

 今年、インターネットライブ中継『モバチュウ』では初めてクロスカントリースキーを中継しました。2月6日、旭川で行なわれた国内最高峰の大会「ジャパンパラリンピッククロスカントリースキー競技大会」です。大会主催者であるJPCとSTANDの共同企画で実施が決まり、協賛を募ろうとした際、大きな後押しをしてくれたのが、バンクーバーパラリンピックで2冠に輝いた新田佳浩選手でした。新田選手はブログにこんなことを書いています。

<障がい者スポーツを1つのスポーツとして世の中に理解してもらうためには、本当に時間がかかる。今は「パラリンピック」という舞台のときだけ、マスメディアに取り上げられる。もちろん取り上げられないよりはいいのだが、理解してもらうには程遠い…。では、どのようにすれば理解してもらえるのか? 様々な方法があると思うが、まずは身近なスポーツであると感じてもらうことが1番大切であると思う。では、どのように身近に感じてもらうか? 現地や会場で実際に行っている様子を見てもらうのが1番良いと思うのだが、現実的ではない…。そこでインターネットを使用して情報発信できないかということで、NPO法人STANDさんの協力のもと、『モバチュウ』というシステム開発しようと考えています。ただ今までそのようなことをやったことがなかったため、開発の費用がかかるのも現状です。現在様々な企業や個人から、協賛していただける方を募っていますがまだまだ足りていません。もしこのブログをご覧になって、協力したいという方が1人でも多く集まることを願っています。ご協力をお願いいたします。>

 この文章には「もっとクロスカントリースキーを見てほしい」という新田選手の切なる思いがあふれていますよね。彼の気持ちに賛同する選手は数多くいることでしょう。しかし、新田選手のように選手自身がこうした活動をするのは、日本の障害者スポーツ界では稀です。どの選手も異口同音に「スポーツとして認めてほしい」「もっと知ってもらいたい」とは言うのですが、そのために行動を起こしている選手はほとんどいないというのが現状なのです。

「メディアはパラリンピックの時だけ取り上げてくれるけど、終わるとサッと去っていってしまう」
 パラリンピック選手からよくこんな声が聞かれます。確かに、選手にしてみれば4年間の努力があって本番があるわけですから、パラリンピックだけ取り上げられるというのは、何とも寂しい話です。また、パラリンピックの時期だけでは、一過性のものに過ぎず、認知拡大という点においても、やはり普段からの報道は欠かせません。

 しかし、では選手自身はメディアに取り上げてもらうために、努力をしているのかというと、決して十分であるとは言えません。国内では人気、実力ともにトップスポーツであるプロ野球やJリーグでさえ、ことあるごとにニュースリリースを流し、会見を開いたりしてメディア対応に一生懸命です。それは全てファンの気持ちをつなぎとめるためのもの。今ではブログやツイッターなどで選手自らが情報源になっていることも珍しくありません。そこまでしなければ、この情報社会の中では生き残ることはできないからです。

 人気スポーツでさえも、こうした危機感をもっているのですから、マイナースポーツの一つである障害者スポーツはもっと必死にならなければならないはずです。ところが選手たちの多くは、「こんなに一生懸命に競技をやっているのに、なぜ取り上げてくれないんだろう?」と、メディアの方から来てくれるのをじっと待っているだけで、自らが広報活動をしようという発想には至らないのです。大会やイベントの開催日時や、大会の結果、会見の案内といった基本的なことさえも、未だにきちんと情報発信している選手、競技は数えるほどです。もちろん、リリースを流したからといって、すぐに取り上げてもらえるとは限りません。それでも、情報発信さえしていれば、少なくとも可能性はあります。最初から何もしなければ、その可能性さえ失ってしまうわけです。

 先述した新田選手はブログに書いただけでなく、実際に行動にも移しています。彼が所属する日立ソリューションズスキー部を通して、会社から協賛金を拠出しました。また、出資者を募るために、地元の関係者に配布するから、と私にチラシの作成を依頼してきたのです。選手の自発性を願っていた私には、新田選手の行動は本当に嬉しいものでした。ですから、すぐにチラシを作って渡したことは言うまでもありません。とはいえ、実際、どれほど出資に手を挙げてくれた方がいたかは定かではありません。しかし、こうした活動を続けていくことによって、1人、また1人と賛同してくれる方が増えていくはずです。まさに『継続は力なり』です。

 日本のスポーツの発展のために文科省では現在、「スポーツ立国戦略」の策定が進められています。そこには障害者スポーツも含まれており、少しずつスポーツとしての認識が高まりつつあります。ゆくゆくは一般スポーツと障害者スポーツを一つにまとめ、スポーツ省、スポーツ庁の設置が望まれています。しかし、私は思うのです。こうした国の政策や競技団体のあり方と同時に、選手自身が変わらなければならなないのではないかと。いえ、選手自身が変わらなければ、国や競技団体の体制も遅々として進まないのではないでしょうか。アスリートとしての意識改革――これこそが今、日本の障害者スポーツに必要とされているのです。


伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
新潟県出身。障害者スポーツをスポーツとして捉えるサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND副代表理事。1991年に車椅子陸上を観戦したことがきっかけとなり、障害者スポーツに携わるようになる。現在は国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション活動」を行なっている。その一環として障害者スポーツ事業を展開。コミュニティサイト「アスリート・ビレッジ」やインターネットライブ中継「モバチュウ」を運営している。2010年3月より障害者スポーツサイト「挑戦者たち」を開設。障害者スポーツのスポーツとしての魅力を伝えることを目指している。
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