<試合を見ていて、私は「障害がある人」と言うことを忘れて、カナダの選手に「走れ! 走れ!」と叫んでいた。本当なら「こげ!」なのに。>
 これは「国際親善女子車椅子バスケットボール大阪大会」の会場に訪れた中学1年生の女の子の感想文です。また、試合の合間に行なわれた体験会に参加した中学1年生の男の子はこんなことを書いています。
<車椅子バスケの体験をする前は、操作などが難しそうで、おもしろくなさそうだったけど、体験すると気持ちを熱くするものがありました。>
こうした子どもたちの真っ直ぐで素直な感想文を読み、私はこの大会の意義について改めて考えさせられました。
(写真:大阪で開催された女子車椅子バスケットボールの親善試合。プレーの激しさに観客は魅了された)
 国内で行なわれている障害者スポーツの大会の中でも、2003年から開催されている「国際親善車椅子バスケットボール大阪大会」(2008年、男子から女子に移行)は大変ユニークな大会の一つです。突出しているのは観客への意識が高く、「どうすればお客さんに車椅子バスケットボールを楽しんでもらえるか」ということが考えられた工夫が数多く見受けられる点です。例えば、エンターテインメント性を出そうと、コートのセンターサークルやゴールエリアをカラーにしたり、試合の合間にはダンスパフォーマンスや体験会が行なわれます。また、選手の表情や細かなプレーを観てもらおうと、ゴール脇には大画面の映像が流されているのです。会場に一歩入っただけで、少しでも車椅子バスケットボールの面白さを伝えたいという関係者の気持ちが伝わってきます。

 子ども時代に知ることの意義

 さらに車椅子バスケットボールを子どもたちにぜひ観てほしいと、この大会では地元の小学生や中学生が招待されます。実は障害者スポーツの大会では一般の方が観戦に訪れるということは、そう多くはありません。大半が選手やスタッフの関係者であり、生粋の観客はほとんどいないことの方が多いというのが現状です。ところが、「国際親善女子車椅子バスケットボール大阪大会」には毎年、子どもたちが大勢詰めかけるのです。これは非常に稀なことです。

 そして、このことには大きな意義があります。一般のスポーツに比べて、日本では障害者スポーツの普及・認知がまだまだ不足しています。その理由の一つには、子どもの頃に障害者スポーツと触れ合う機会がほとんどないことが挙げられます。いえ、それ以前に、障害者スポーツの存在さえ知らない人が多いのです。現に私自身がそうでした。障害者スポーツを知ったのは大人になってから。子どもの頃は全く知らずに育ったのです。

 子どもの頃に障害者と触れ合うことのないまま大人になると、どうしても障害者にある種の緊張感を抱いてしまいます。私自身も選手と接する際、最初はどうしていいのかわからず、とまどいがありました。しかし、もし子どもの頃から障害者スポーツの存在を認識し、実際に触れ合う機会があれば、障害者へのイメージも全く違うものであったでしょうし、最初から自然なかたちで接することができるひとつの要因となったでしょう。冒頭の感想文はそのことを示唆してくれています。そういう意味でもこの大会に子どもたちを招待することは非常に有意義なことなのです。もちろん、全員に車椅子バスケを大好きになってもらう必要はありません。一般のスポーツでも好きな子もいれば全く興味がない子もいます。それはそれでいいのです。大事なことはそういうことではなく、知る環境、観る環境、があるかないか、です。この差が非常に大きいのです。

 “将来の夢”の選択肢

 また、障害のある子どもを招待することも、大きな意味をもちます。毎年春になると、小学1年生を対象にした調査を目にします。「大きくなったら何になりたい?」という将来の夢を聞くアンケートです。男女とも必ず上位にランキングされているのが「スポーツ選手」です。しかし、これは健常者の子どもたちの場合です。では、同じアンケートを障害のある子どもたちに実施したら、どのような結果が出るでしょうか。決して「スポーツ選手」は挙がってくることはありません。なぜなら、障害があってもプレーできる競技があることを知らず、従って自分でもできるスポーツがあることを知らないからです。また、実際に障害者スポーツのアスリートとして世界の舞台で活躍している人がいることも知りません。障害のある子どもたちに、またその周囲の大人たちにも、障害者スポーツの情報は極めて少ない。その結果、将来の夢の中に「スポーツ選手」は入ってこない。これが日本の現状です。

 先述したように、もちろん全員がスポーツ選手に憧れを抱く必要はありません。しかし、健常者の子どもたちと同じように、いくつもの選択肢の中から自分の将来の夢を選べる環境の中にいる必要はあるのです。ですから、今回のような子どものうちに障害者スポーツを知る・観ることができる機会は大変貴重なことなのです。
 健常者・障害者両方の子どもたちに障害者スポーツの存在を、そして障害のある子どもたちには夢の選択肢を――この大会は子どもたちの世界を広げている。私はそう確信しています。

 求められるパフォーマンスの高さ

(写真:昨年の世界選手権銅メダルのカナダを破り、念願の初優勝した日本チーム)
 さて、試合自体はどうだったかといえば、今回は日本チームが世界の強豪・カナダを破り、初優勝を果たしたこともあって、会場はこれまで以上の盛り上がりを見せました。決勝の模様をインターネットライブ「モバチュウ」で生中継したのですが、画面からでもその熱気が手に取るようにわかるほどの大歓声だったのです。特に最後は残り10秒を切った時点で同点という大接戦。なんとか1ゴール差で日本が競り勝ったのです。

「もう、手に汗握るわ!」「うわ、なんや観てて心臓が痛くなる!」
 緊迫した試合展開に、会場中が固唾を飲んで見守っていました。日本が点数を挙げれば大歓声が飛び交い、カナダに点数を取られれば悲鳴のような叫び声……スポーツならではの緊張感と一体感が会場を包んでいました。そこにいたほとんどの人が純粋にスポーツを楽しんでいたのです。

 親善試合とはいえ、世界のトップクラスが集うこの大会での優勝は、選手たちにとっても大きな意味をもつものとなったことでしょう。もちろん優勝という結果を得られたことで自信を得たでしょうし、来年のロンドンパラリンピックに向けての課題も見えたことでしょう。しかし、それだけではないはずです。試合内容が面白ければ、あれほどの大歓声がもらえる、注目してもらえるということも肌で感じたのではないでしょうか。元来、スポーツとはそういうものであり、そこに一般のスポーツと障害者スポーツに違いは全くありません。

 普段、私自身も含めて障害者スポーツの大会主催者や関係者は、「ぜひ試合を観てください」と声をあげています。しかし、そのようにして頼むばかりいるのではなく、それ以上に、観て面白いパフォーマンスを提供することを、もっともっと強く意識しなければならないのです。今回日本が優勝することで、そのことの大切さも教えてもらえた大会になりました。

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
新潟県出身。障害者スポーツをスポーツとして捉えるサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND副代表理事。1991年に車椅子陸上を観戦したことがきっかけとなり、障害者スポーツに携わるようになる。現在は国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション活動」を行なっている。その一環として障害者スポーツ事業を展開。コミュニティサイト「アスリート・ビレッジ」やインターネットライブ中継「モバチュウ」を運営している。2010年3月より障害者スポーツサイト「挑戦者たち」を開設。障害者スポーツのスポーツとしての魅力を伝えることを目指している。

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