「ヤンキースが“アンダードッグ”として開幕を迎えるのはいつ以来かな?」
「ジョー・トーレ政権が始まった1996年以来かもしれないな……」
2011年シーズン開幕を翌日に控えた3月30日。公開ワークアウトが行なわれたヤンキースタジアムで、記者仲間とそんな会話を交わした。
(写真:カノーらヤンキースの選手たちは低評価をはね返すことができるか)
 ヤンキースがFAの目玉だったクリフ・リーの獲得に失敗し、一方で宿敵レッドソックスはエイドリアン・ゴンザレス、カール・クロフォードといった大物との契約に成功―――。そんな対照的なオフの後を受けて始まる2011年、ア・リーグ東地区内ではレッドソックスがダントツの本命と目されている。
 3月30日にESPN.comがリリースしたシーズンプレヴューでは、なんと参加した45人の識者全員が、レッドソックスが地区優勝を飾ると予想。そしてそのうち42人がワールドシリーズまで進むと見ているのだ。

 確かに今季のレッドソックスは、ジョン・レスター、クレイ・バックホルツ、ジョン・ラッキー、ジョシュ・ベケット、松坂大輔と先発5本柱が確立。さらに前述通り、2人のスーパースターを加えたことで、打線も厚みが増した。
 もちろんこの時期の予想は楽しむためだけのもので、意味などないに等しい。それでもESPN.comのライターたちに満場一致で推されている事実は、ボストンの戦力がどれだけ充実しているかを表していることは間違いないのだろう。
(写真:攻守のバランスがとれたレッドソックスは大本命との声が圧倒的に多い(写真はバリテック))

 ヤンキースのほうは昨オフ、特にローテーション投手の不足が取り沙汰された。CC.サバシア、フィル・ヒューズが左右の2枚看板となるのだろうが、3番手以降は不安定。結局は昨季の防御率が5.26と散々だったAJ.バーネット、成長株のイバン・ノバ、実績あるフレディ・ガルシアに3〜5番手を任せることになった。しかし、レッドソックスの先発陣と比べて格落ち感は否めない。常にカギを握る先発投手の顔ぶれで劣るのであれば、ライバルより一段下の戦力とみなされても、まずは仕方ないのかもしれない。

「僕たちは優勝候補の本命じゃない。みんなが僕たちが勝てないと思っているというのは逆に気分が良いものだ。これだけのタレントが揃っていながら、密かに勝ち進めるのだろうからね。ウチのチームの連中以外は誰も僕たちを信じていないようだけど、どうなるか見てみようじゃないか」
 サバシアがそう語っていたのを先頭に、ヤンキースの選手たちもそんな下馬評を自覚し、低評価をモチベーションにしている感がある。

 ただそうは言っても、「密かに勝ち進める」などと考えるのは的外れなのではないか。優勝候補筆頭とは目されていないにしても、ロースターに約2億ドルが費やされ、デレック・ジーター、アレックス・ロドリゲスらを看板に据えたチームが注目を集めないはずがない。
 そして……春季キャンプに同行し、ヤンキースとレッドソックスの調整を間近に見た記者たちの中には、実はESPN.comのライターたちとは違う意見を述べるものが意外に多い。「ニューヨーク・デイリーニューズ」紙のベテラン記者、ビル・マッデン氏はこう語る。
「ベケットの乱調をはじめ、レッドソックスの先発陣にも不安要素は少なからずある。ジョナサン・パペルボンが不調ならブルペンも万全とは言えない。ヤンキース打線がいまだにレッドソックスにひけをとらない破壊力を保っていることを考えれば、先発の頭数を除けば、現実的にヤンキースが劣っている部分はほとんどない」

 3月31日、今季開幕戦に臨んだヤンキースの選手たちを間近で眺めていたら、そんなマッデン氏の見方にも一理あるように感じられたのも事実である。
 明らかに引き締まった身体で今春に臨んだ主砲ロドリゲスは、オープン戦で打率.388、6本塁打と爆発するなど順調そのもの。春先は出遅れることが多いマーク・テシェイラも、タイガースとの開幕戦では豪快な3ランホームランを放って例年との違いをアピールした。この両輪が元気なら、今季も得点力に困ることはなさそうである。
(写真:悪天候の中で行なわれた開幕戦でヤンキースは白星発進)

 さらにマリアーノ・リベラ、ラファエル・ソリアーノ、ジャバ・チェンバレン、デビッド・ロバートソンら本格派がずらりと揃ったブルペンもスキがない。これなら先発の層の薄さもある程度はカバーできるだろうし、それにこのチームの資本力なら、トレードでシーズン中に先発投手を獲得することも十分可能だ。

 そして何より、近年は高齢化が懸念されてきたヤンキースのロースターは、ここに来て若返りを進めることができている。
 アンディ・ペティートが引退し、ホルヘ・ポサダはDHに転向、ジーターも1番打者の役目を外れた(少なくとも開幕戦では)。代わりにロビンソン・カノー、テシェイラ、カーティス・グランダーソン、ラッセル・マーティン、サバシア、ヒューズら、20代から30歳前後までの選手たちが中心のチームに徐々に移行し始めているようにも見える。このメンバーなら、故障者続出やスタミナ切れはそれほど心配いらないだろう。
(写真:コアフォー(ジーター、ポサダ、リベラ、ペティート)が中心のチームからヤンキースは移行しつつある)

 さて、メディアたちが騒ぎ、選手たちも半ば認めている通り、今季のヤンキースは本当に“アンダードッグ”なのか。それとも事前の懸念は取り越し苦労に過ぎず、依然としてレッドソックスと2強を形成するチームなのか。
 結論はもうしばらく待つしかないが、ただ1つだけ言えるのは、今季もア・リーグ東地区は熱く激しい戦いが続くだろうということだ。ESPN.comが指摘するほど、両者の間に大きな差があるとは思えない。

 ともあれ、2011年シーズンは開幕―――。2億ドルが費やされて構成された“アンダードッグ”の行方に注目である。
 もしも全米の記者たちの低評価を一蹴し、必勝態勢で臨んでくるレッドソックスに勝つことができたなら……2011年は、ヤンキースとそのファンにとって実に痛快なシーズンとなることだろう。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

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