この男が復帰して一番喜んでいるのは、おそらくルーキーの斎藤佑樹ではないか。
 打ってよし、守ってよし。この男がスタメンに名を連ねているのといないのとでは大違いである。

 故障していた北海道日本ハムの小谷野栄一が開幕前に戻ってきた。4月2日に行なわれたチャリティー試合の東北楽天戦で永井怜からレフトスタンドに決勝2ランを叩き込んだ。
 見逃せばボールになるインコースの球をあえて強振した。本人は「痛みはある」と語っているが、完治は時間の問題だろう。

 小谷野は、このゲームの1カ月前、東京ヤクルトの由規から死球を受け、右手を骨折した。右手豆状骨骨折。全治1カ月と診断された。
「開幕絶望」の記事が躍ったが、開幕が2週間延びたことで間に合った。監督の梨田昌孝もホッとしているだろう。昨季は109打点を挙げ、打点王のタイトルを獲得した。今季は不動の4番として期待されていた。日本ハムはトップバッターの田中賢介も右手薬指を骨折していた。だからこそ梨田は「非常事態」と顔をくもらせたのだ。

 小谷野の魅力は勝負強さだけではない。グラブを持たせても一流、いや超一流だ。サードで2年連続ゴールデングラブ賞に輝いている。
 2009年の日本シリーズではファインプレーを連発し、敵将の巨人・原辰徳監督をして「小谷野の守備には驚いた」と言わしめた。
 今、日本代表を選べば、間違いなくサードは小谷野だろう。

 冒頭の話に戻ろう。なぜ斎藤が小谷野の復帰を喜んでいるのか。
 3月21日の阪神とのオープン戦で斎藤は集中砲火を浴びた。3回79球を投げて13安打9失点。3回は1イニングで8失点だ。
 アマ時代、これだけ打たれたことはなかっただろう。まるでバッティングピッチャーのようだった。
 しかし、転んでもタダでは起きないのが大物ルーキーたる所以。「甘くなっても差し込めるような強いボールを投げないと……」。自らの足りない部分を自覚したようだ。

 差し込めるような強いボール――要するにバッターの内角をえぐるボールである。これがなければ相手はどんどん踏み込んでくる。いくらルーキー離れした投球術を誇る斎藤でも、懐をえぐるボールがなければプロのバッターは抑えられない。
 そこで重要なのがサードの守備力だ。フィールディングやスローイングに難のある選手がサードを守っていた場合、ピッチャーは安心して右バッターの内角を突くことはできない。
 その意味で小谷野の復帰は斎藤にとっても大きなプラスになると思える。
 小谷野も「コントロールのいいピッチャーは守りやすい」と語っていた。ある程度、打球方向を読むことができるからだ。
 サードを中心に内野ゴロが増えれば斎藤のペースと見ていいだろう。

<この原稿は2011年4月24日号『サンデー毎日』に掲載されたものです>

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