リスペクトが詰まった“花道”の意味とは

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 Jリーグの2024年シーズンが幕を閉じ、三つ巴の優勝争いはヴィッセル神戸の2連覇で終えた。前へ前へと突き進む強度の高いスタイルに一層磨きが掛かり、シーズン通して頼もしい働きを見せた武藤嘉紀のMVPも納得である。

 

 今シーズンを最後に、スパイクを脱いだ選手は多くいる。サンフレッチェ広島一筋のバンディエラで一撃必殺の縦パスでファンを魅了した青山敏弘、対人プレーに滅法強く、ドイツでも活躍した細貝萌、アトランタ五輪でブラジルを破る決勝ゴールを奪った伊東輝悦……。

 

 一人ひとり挙げるとキリがないが、もう一人、J1通算史上2位となる168ゴールを積み上げた興梠慎三の引退も大きなトピックとなった。

 

 鹿島アントラーズから浦和レッズに移籍し、エースとして君臨。鹿島時代からの9年連続2ケタゴール(2012~20年)はJ1最長記録。今シーズンも1ゴールを挙げてJ1史上初となる18年連続ゴールをマークするなど、偉大なストライカーである。

 

 興梠は最終節(12月8日)、埼玉スタジアムで行なわれたアルビレックス新潟戦にキャプテンマークを巻いて先発し、後半17分に交代となった。そのときだった。レッズの選手のみならず、アルビレックスの選手もハーフウェーラインに集まって花道をつくった。惜しみない大きな拍手に包まれながら、そのなかを興梠が通っていく。アルビレックスにとっては残留を懸けた大一番だったが、快く協力している。審判団も、アルビレックスの松橋力蔵監督も拍手をしていた。興梠へのリスペクトが詰まっていた。

 

 同じような光景をJ2ザスパ群馬でホーム最終戦に先発出場した細貝でも見ることができた。交代時に対戦相手の徳島ヴォルティスの選手も集まっている。細貝に尋ねると「どこまでプレーするか時間も決まっていなかったし、(花道のことも)聞いていなかった」と驚いていた。うれしかったことは言うまでもなく、ヴォルティス側の協力にも深く感謝した。

 

 このような心温まるシーンを、筆者が初めてスタンドで体験したのは2013年10月、日本代表とセルビア代表のフレンドリーマッチのことだった。

 

 セルビアのノビ・サドで開催されたこの一戦はセルビアのレジェンドであり、100試合以上の代表キャップ数を誇るデヤン・スタンコビッチの引退試合と銘打たれた。試合前には盛大に引退セレモニーが行なわれ、ラツィオ時代に監督を務めた日本代表のアルベルト・ザッケローニ監督も握手して記念写真に収まっている。メディアにも彼の功績が記された分厚い本が配られ、プライベートの秘蔵写真まで掲載されていた。

 

 スタンコビッチは前年に引退していたため、先発しながらも前半10分経過したところで交代のアナウンスが入った。試合は中断となり、セルビア代表、日本代表の選手も花道に参加している。インテル時代の同僚でもある長友佑都とはお辞儀で別れのあいさつをしていた。ここにいる誰もが彼に敬意を表した。場内のスタンディングオベーションがなかなか終わらなかった思い出がある。

 

 ピッチとスタンドが一体となって、引退する偉大な選手をみんなで送り出していく一つの文化。それが日本でも興梠や細貝のラストマッチのように、公式戦のゆえの難しさ、先発して途中交代とならなければ成立しない難しさなどあるとはいえ、花道をつくっての送り出しが増えてきているのはうれしい限りだ。

 

 興梠は長年レッズで活躍して、細貝はほかのオファーを断って地元のクラブに戻ってきた。クラブへの帰属意識、クラブ愛、地元愛……リスペクトを受けてピッチを去っていくことができる引退は、“自分もこうやってスパイクを脱ぎたい”と思う後輩たちが出てくるかもしれない。ひいてはそれがマインドの継承、Jリーグの発展にもつながっていくと感じる。

 

 話を広げるなら日本代表においても引退していく功労者に対して、スタンコビッチのようにフレンドリーマッチにおいて、こういう場をつくってもいいのではないだろうかとも考える。たとえば現役を引退して現在、日本代表のコーチを務める長谷部誠が、10分でも試合に出てみんなで送り出すことは、後輩たちに日本代表のアイデンティティを引き継ぐことにもなるはずだから。

 

 愛されてピッチを去る興梠を、細貝を眺めながらふとそんなことを思った。

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