「日本で一番高い山は富士山。では2番目に高い山は?」。この春、ある企業の社員研修に講師として呼ばれた。冒頭、営業部長が若い社員に問いかけた。答えが返ってこない。頃合いを見計らって部長は語気を強めた。「皆さん、あまりご存じないでしょう。実は北岳という山なんです。富士山が3776メートル、北岳が3193メートル。人々が記憶しているのは何でもナンバーワンだけ。そう、ナンバーツーじゃ意味がないんです」。妙に説得力があった。
 プロ野球の世界で数々のアンタッチャブル・レコードを持つ王貞治。ある意味、868本の通算ホームラン記録以上に不滅と思われるのが通算2390という四球記録である。では2位は誰か。落合博満の1475。王の記録が突出し過ぎていて、あまりにも影が薄い。
 そこでシーズン最多四球を調べてみた。王が1974年にマークした158。実にこのうちの45が故意四球(敬遠)である。この年、王は2度目の三冠王に輝いている。ちなみに王は30回以上歩かされたシーズンが4回(66、67、73、74年)もある。

 しかし、今回の当コラムの主役は王貞治ではない。埼玉西武の主砲、おかわり君こと中村剛也である。「飛ばないボール」も、ものかは、早くもホームラン4本だ。開幕からいきなり量産態勢に突入した。
 ホームランバッターとしての彼の資質は実証済み。2008年に46本でホームランキングに、09年には48本、122打点で2冠王に輝いた。昨季は右ヒジなどの故障もあり、85試合の出場にとどまったが、それでもリーグ4位の25本塁打をマークしているのだからさすがだ。

 にもかかわらず、まだまだ物足りなさを感じるのは、なぜか。私は四球数に原因があると考える。08年が53、09年が52、10年が44。故意四球に限ってみると08年が1つ、09年が0、10年が5つ。王貞治のように30も40もとは言わないが、せめて2ケタは欲しい。
 こう書くのも、和製大砲として彼には無限の可能性を感じているからだ。「ホームランはヒットの延長」というバッターはいても、「ホームランの打ちそこないが
ヒット」と言ってのけるバッターは、そうはいない。
 生粋のスラッガーは恐れられてナンボである。すなわち彼が目指すべきは「強打者」ではなく「恐打者」だ。好機で勝負を避けられるようになれば、いよいよホンモノである。

<この原稿は11年4月20日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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