大震災から50日、29日には被災地の仙台でベガルタ仙台と東北楽天のホームゲームが開催されました。まだまだ被災者の皆さんは不自由な生活を余儀なくされているとはいえ、復興への第一歩を踏み出す1日になったのではないでしょうか。

 しかも、ベガルタも楽天もホームゲームで見事な勝利。選手たちの姿には「絶対、勝つんだ」「いいプレーをみせて、皆さんを勇気付けるんだ」という強い気持ちが見えました。スタジアムで選手が全力プレーをみせ、それをサポーターやファンが必死に応援する。今回の震災はこれまで当たり前だったと思っていた日常が、そうではないことを教えてくれました。野球もサッカーもその他のスポーツも、試合ができる喜び、試合を楽しめる喜びを改めて感じているのではないでしょうか。

 勝負事ですから勝ち負けは当然ありますが、選手たちにはこの気持ちを忘れず、ずっとプレーし続けてほしいものです。それが好プレーにつながり、結果として被災者の皆さんを元気付けることになると思っています。まだ復興の道のりはサッカーにたとえれば、キックオフしたばかり。これからも試合は続きます。90分間、気持ちを切らさず、アグレッシブな姿勢を貫けるか。アスリートひとりひとりの力に期待したいと感じています。

鹿島に訪れた変化の時

 スタジアムやクラブハウスが被災した鹿島アントラーズは再開初戦で横浜F・マリノスに0−3の敗戦。29日のアビスパ福岡戦では2−1とリーグ戦初勝利をおさめたものの、先制を許す苦しい展開でした。鹿島といえば、堅守が伝統のチーム。こう簡単に失点してしまうのは、リーグ戦中断の影響だけとは言えないでしょう。

 2007年から鹿島はリーグ戦を3連覇、昨季は4連覇こそ逃したものの、天皇杯を制しました。他のクラブは鹿島を倒さなければ、上に行けないのですから、しっかりと対策を練って試合に臨んできていることは明らかです。鹿島包囲網を打ち破るには、それ以上に相手を分析し、チーム全体で意思統一をはかることが求められます。

 今季の鹿島はマルキーニョスが退団し、新たな攻撃スタイルを構築する必要性がありました。FWカルロンといった新外国人を獲得したとはいえ、カギを握るのは興梠慎三、大迫勇也といった既存の戦力です。ただ、ここまでの試合を見る限り、彼らはまだ自分の持ち味を十分に発揮していないように映ります。

 興梠であれば裏へ抜け出すスピードが武器ですし、大迫であればポストプレーが長所です。自分のいいところを徹底して出していけば、相手は今まで以上に2人を警戒するでしょう。それは守備のほころびや、新たな攻撃スペースを生み出すことにつながるはずです。前回、紹介したようにザック・ジャパンは南アフリカW杯のベスト16から、さらにステップアップするために縦に速いサッカーに変えつつあります。鹿島にも同様に、これまでのサッカーに変化を加える時が来ているのではないでしょうか。

 現在、カシマスタジアムは震災からの復旧工事のため、6月まで使えない状況です。ホームで戦えないハンデはありますが、我々の現役時代と比べれば、鹿島のサポーターは確実に増えています。振り返ってみれば僕たちがプレーしていた頃、国立競技場での試合の雰囲気は完全アウェーでした。今ではアウェーでもスタンドからの声援はホームチームに負けていません。

 だからこそ選手たちには、わざわざスタジアムに足を運んでいただいたサポーター、全国各地で応援していただいているサポーターに感謝の気持ちを表してほしいですね。それは選手である以上、言葉ではなくプレーで示すもの。Jリーグ王者の奪回、そして悲願のアジア王者に向け、ここからの巻き返しをOBとして望んでいます。

 貴重なアウェーでのガチンコ勝負

 今回の震災でJリーグの日程が変更になった影響で、日本代表のコパ・アメリカへの参加が不透明な状況になっています。日本サッカー協会は不参加表明から一転、参加の意向を示しているものの、海外組の招集や、各Jクラブとの調整など課題は山積です。

 僕はコパ・アメリカにはベストメンバーで臨むべきだと考えます。先日のJリーグ選抜とのチャリティーマッチでは、縦に速い日本の新スタイルが垣間見えました。それがどこまで世界で通用するのか。今大会はこれをはかる絶好の機会だからです。

 日本はアルゼンチン、ボリビア、コロンビアとアウェーで戦う予定になっています。彼らとガチンコで勝負できる機会はそうありません。この大会が将来の日本サッカーにおいて、エポックメイキングなものになる可能性もあるでしょう。そんな貴重なチャンスを見送るという選択肢は考えられないことです。

 しかも戦いの舞台は3年後のW杯が開催される南米。選手、スタッフにとっても、現地の雰囲気を肌で知る貴重な経験となります。環境面で何を準備すべきかリサーチするのは、W杯で好成績を残す上では必要不可欠です。日本サッカーの発展という長期的な視点のみならず、短期的なW杯での結果という意味でも、コパ・アメリカを活用しない手はありません。

 この大会には日本に選手の拘束力がないため、海外組の招集は難航することが予想されます。現に日本人選手の所属ラブの中には派遣に難色を示しているところがあるのも事実です。しかし、本来、代表チームとは国の名誉をかけて戦うもの。その時点でのベストなメンバーを揃えて試合に臨むのが、応援してくれる国民のためにも、対戦相手に対しても最低限の礼儀です。

 どうしても海外組の招集が難しいのであれば、Jリーグの各クラブは利害を超えてコパ・アメリカの参加に全面協力すべきでしょう。確かにリーグ戦において主力メンバーを失うのは、集客面、戦力面で大きなマイナスです。ただ、彼らが南米で活躍して凱旋すれば、それ以上のプラス効果が得られます。協会側はベストメンバーが組めるよう最大限の努力を行うのと同時に、Jリーグ側も目先にとらわれない判断をしてほしいと願っています。

 震災を機に一体となった日本サッカー界が コパ・アメリカでもひとつになって、日本の輝かしい未来を切り拓いてほしい。それが今の率直な気持ちです。

 
●大野俊三(おおの・しゅんぞう)<PROFILE>
 元プロサッカー選手。1965年3月29日生まれ、千葉県船橋市出身。1983年に市立習志野高校を卒業後、住友金属工業に入社。1992年鹿島アントラーズ設立とともにプロ契約を結び、屈強のディフェンダーとして初期のアントラーズ黄金時代を支えた。京都パープルサンガに移籍したのち96年末に現役引退。その後の2年間を同クラブの指導スタッフ、普及スタッフとして過ごす。現在、鹿島ハイツスポーツプラザ(http://kashima-hsp.com/)の総支配人としてソフト、ハード両面でのスポーツ拠点作りに励む傍ら、サッカー教室やTV解説等で多忙な日々を過ごしている。93年Jリーグベストイレブン、元日本代表。

*ZAGUEIRO(ザゲイロ)…ポルトガル語でディフェンダーの意。このコラムでは現役時代、センターバックとして最終ラインに強固な壁を作った大野氏が独自の視点でサッカー界の森羅万象について語ります。


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