その男の練習なら見たことがある。
 荒涼とした河川敷のような草原が広がるところ。野の果ては川につらなるのだっただろうか。
 コーチが上げるトスを、目いっぱいひっぱたく。いや、打撃する。打球は、はるか野の果て、水平線を目指して飛んでいくかのようだ。
 いわゆるロングティーと呼ばれる練習である。秋を迎え、シーズンもそろそろ終わりに近づこうかという夕暮時。2軍の試合終了後のことである。
 ただ、力まかせにコーチの上げるトスを振り抜く。その瞬間、「んっ」と力む声が出る。口からというより、喉の奥深いところから。
 がっしりとした体軀である。体に幅があるといおうか。肩幅も胸まわりも腰まわりも、一様にぶ厚い。打球は、いずれも大きな弧を描いて、無人のかなたまで飛んでいく。これが試合なら、すべてホームランだろうか。

 コーチは、飽くことなくトスを上げ、男は思い切り打ち続ける。時折、「あっ」とか「ぎゃ」という声が出る。打ち損ねたのだ。打球は上がらず、低いハーフライナーとなって、20〜30メートル先に力なく転がる。
 間近で見続けながら、次第に気になり始めたことがある。この練習、もしかして、精度が低いのではないだろうか。

 例えばコーチのトス。一定のコース(例えばアウトローとかインハイとか)に上がるわけではない。意識してコースに投げ分けているとも思えない。だいたい真ん中付近である。それにしては、打ち損ないの打球の頻度はかなり高い。一流の選手だったら、9割くらいは、ホームラン性になるはずではないのだろうか……。
 もちろん、スイングする力をつける、打球を飛ばす力を養成するという意味で、重要な練習には違いないのだろうけれども。

 例えば、かつて宮崎・日南キャンプで見た前田智徳(広島)の練習を思い出してみる。ある日、たまたま、バッティングゲージに入って、マシンを相手に打ちこんでいるのを見た。その打球は、全て寸分たがわずマシンに向かって正確にライナーで一直線に打ち返されていった。おそらくは100%の確率で。まるで、99%という中途半端な確率を拒否するかのように。
 その種の厳密さが、確かにあの男の練習には欠けていた。アバウトに、大きな打球を打とうとしていた。といっても、高校を卒業してプロ入りして、まだ3〜4年目のことである。

 プロ11年目を迎える東京ヤクルトスワローズの畠山和洋は、今季、まさにブレークした。首位を走るヤクルト不動の4番打者として、その長打力をいかんなく発揮している。ヤクルト快進撃の理由は、投手力を含め、いろいろ挙げることができるだろうが、4番畠山の働きがその大きな要因となっていることもまた、疑いをいれない。
 ごつい、あるいは太めといってもいい体で、畠山は左足を大きくステップして打つ。よくあれだけ大きな動作で打ちに行って、視線がブレないものだと感心する。あの日、埼玉県戸田市にある2軍の練習場で見たロングティーがどうしても二重写しになる。あの日も左足を大きくステップして、打ち続けていた。

 あの日感じたのと同じことを、正直に告白すれば今も感じる。畠山が、前田智のような完璧なフォームで、美しいとしか言いようのない姿で打撃することは、おそらくないのだろう。ただ、とはいえ、そこには日本野球が見過ごしてはならないものが宿っているのではないか。それは、強く遠くへ打とうとする意志である。

 二度のWBCを思い出してみるといい。二度とも日本が優勝した? もちろん、それは素晴らしいことだ。だが、キューバや韓国と対戦した時の、一種、恐れにも似た感覚を、忘れてはいないだろう。彼らは常に、へたしてバットに当たったら長打、あるいはホームランというスイングをしていた。日本の投手陣はそれを技術で抑えたのだが、彼らがそういう潜在的な力をみなぎらせていたことは事実である。そして、比較すれば日本に一番欠けていたのが、その潜勢力だった。

 畠山のブレークは、その意味で非常に意義深いのではあるまいか。確かに彼は、前田智ほどの、あるいはイチローほどの超一流の資質をもっているわけではあるまい。あえて「一流止まり」の資質だと表現するとして、その打者が、へたして当たればみんなホームランになる、という可能性を見せていることが、素晴らしいのだ。
 これまで何度か「目指せキューバ」と言ってきた。WBC2連覇の我が球界にあって、なかなかこの言い方は説得力をもたないようだ。同じことなのだが、と断ったうえで、今「畠山を見よ!」と言おう。この国には、もっとスラッガーの系譜が必要なのだ。

 今年ブレークした打者は他にもいる。例えば、広島カープの丸佳浩。カープが一時は首位に立つ進撃を見せたのには、3本(5月6日現在)のホームランを含む丸の打撃力に負うところも大きい。
 丸は、どちらかといえば、前田系である。体は細身で、いわゆる俊足巧打。きれいな打撃フォームをしている。高卒4年目にして、ようやくレギュラーの座を掴みつつある。
 ただし、注目したいのは、いわゆる「ミートがうまい」「バットコントロールがいい」というような好打者としての資質ではない。常に、バットを思い切り振り切っているように見えることだ。そういう練習を積んでたどりついたフォームではないだろうか。それが4月にチーム最多の3本塁打に結びついたように思える。振り切る、飛ばす、という意志を本来的に備えている打者が、新たに登場した(と思いたい)のだ。

 あるいは、中田翔(北海道日本ハムファイターズ)はどうだろうか。当たってしまえばホームラン、というのが彼の最大の魅力のはずである。右中間に勝利を決める大三塁打を放つのも、確かに魅力的だ。成長したといってもいいのだろう。ただ、できればさらにもう一歩、そういう打球ならフェンスを越えていってほしい。

 かつて見た畠山のロングティーには、おそらくは打ち損じなのだろう、上がっていって途中で失速する打球も結構あった。その場限りの見物人には「なーんだ、大したことないな」と思えた。しかし、失速する打球があるということは、実は伸びていく打球の可能性をもはらんだスイングであることの裏返しだったのだ。彼は今季、それを証明してみせた。日本野球に陸続とスラッガーが生まれるためには、そういう意志をもったスイングこそ、必要なのだ。


上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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