世界ボクシング界において今年上半期最大のビッグファイトと呼べる一戦が間近に迫っている。
 現代の拳豪マニー・パッキャオが7日、保持するWBO世界ウェルター級王座をかけて元3階級制覇王者“シュガー”・シェーン・モズリーと対戦する。これまで6階級制覇(事実上の8階級制覇という声もある)を達成してきた英雄にとって、これが2011年初のファイト。最近ではパッキャオがリングに立つたびに世界的な注目を集めるようになっただけに、今回も興行的には莫大な成功を収めることはまず間違いない。
(写真:すっかり世界ボクシング界の顔となったパッキャオだが親しみ易さは変わらない Photo by Kotaro Ohashi)
 ただ一般的にはともかく、この試合に対する業界内での盛り上がりはもうひとつではある。ファイトウィークの話題も、試合そのものより、むしろリング外のトピックが中心。世界王者、国会議員、歌手(4月下旬に米国での初CDを発売)を一手にこなすパッキャオのスケジュールの凄まじさや、あるいは9月に予定される次戦(ファン・マヌエル・マルケスとの3度目の対決の交渉がすでに始まっている)の噂話のほうが世間を賑わせてしまっている。

 そうなってしまうのもやむを得ないのかもしれない。かつて一世を風靡したモズリーも、もう39歳。さすがに衰えは隠し切れず、昨年5月にはフロイド・メイウェザーに大差の判定負けを喫し、9月のセルジオ・モーラ戦でも引き分けに終わった。そんなモズリーの近況の悪さもあって、今週末の試合もパッキャオが圧倒的に有利と目されている。過去2戦1敗1分の老雄にそもそも最強王者に挑む資格があるのかを問う声も多く、ワンサイドの予想も仕方ないのだろう。
(写真:2人とも礼儀正しすぎるのもプロモーションが盛り上がりに欠ける理由の1つかもしれない)

 もっともこれまでのモズリーは、一般的に低評価を受けた際に良い試合をする傾向があったのも事実ではある。オスカー・デラホーヤには予想を覆して2連勝を飾り、2009年にはパッキャオが倒せなかったアントニオ・マルガリートを9ラウンドTKOで粉砕。そして判定負けに終わったメイウェザー戦でも、モズリーは2Rに強烈な右を決めて、一瞬ながら無敗王者をぐらつかせている。

「もちろんパッキャオの断然有利は否めないが、モズリーにもパンチャーズチャンスはあると思う。早い回に良いパンチを当てられれば面白くはなる」
「ニューヨークデイリーニューズ」紙のティミ・スミス氏はそう語る。確かにモズリーのパワーは死んでないだけに、番狂わせの可能性もゼロではないはずだ。

 しかし問題は、飛ぶ鳥落とす勢いのフィリピンの雄が、不用意な一撃をもらうかどうかという点。昨年11月のマルガリート戦前は「トレーニングに集中していない」という声が多かったパッキャオだが、今回の調整は順調だと言われる。名デュオを形成するフレディ・ローチ・トレーナーも、「これまでで最高のキャンプが過ごせた」と太鼓案を押している。
(写真:ローチ・トレーナーも万全の調整を強調している)

「モズリーは手数が多いし、打ち合いも好きだからエキサイティングなファイトになると思う。殿堂入り間違いなしの選手だし、かつてはパウンド・フォー・パウンド最強とまで言われたボクサー。戦えるのが楽しみだよ」
 そう気を引き締めるパッキャオは、いつものように小刻みにステップを踏み、出入りの激しい攻撃を仕掛けてくるのだろう。少なからず被弾もするだろうが、しかしパッキャオはすでにある程度の打たれ強さも証明してきている。モズリー得意の右オーバーハンドがほぼ完璧なタイミングで当たりでもしない限り、パッキャオがぺースを狂わすことは考え難いというのが大方の見方である。

 筆者自身も、この試合はパッキャオが断然有利と考えている。モズリーの自慢だったスピードに最近は陰りが見られるし、トップギアを保つ持久力ももう心許ない。反射神経の鈍った元スピードスターに対し、序盤からパッキャオのパンチが高確率で当たるだろう。マルガリート戦と同等かそれ以上のワンサイドファイトを予測するものも存在するが、そうなっても特に驚かない。

「メイウェザーがKOできなかったモズリーをストップして、マニーの方がより優れた選手であることをアピールできれば良いだろうね」
 ローチ・トレーナーはそう語る。実際に圧倒的有利の予想が全米に広がる中で、最大の見どころはパッキャオのKO勝ちがなるかどうかなのかもしれない。
 これまでメイウェザー、ミゲール・コット、ロナルド・ライト、バーノン・フォレストの4人に敗北を喫したモズリーだが、まだKO負けはゼロ。そのタフガイをリングに沈めれば、パッキャオのキャリアに新たな勲章が加わることになる。
(写真:打たれ強さもモズリーの長所であり続けてきた)

 果たしてパッキャオは、誰もが期待する劇的な結末を演出できるのか? それともモズリーに、奇跡的な一撃を打ち込む力が残っているのか……? スリリングな展開になるかはともかく、ドラマチックかつ凄惨なフィニッシュの可能性を秘めたビッグファイト。間もなく、ゴングの瞬間がやってくる。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

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